司法試験と公務員試験、将来の職業選択としてどちらの選択を採るのか迷っている人は多くいると思います。そこで、この記事では司法試験と公務員試験の両者の試験科目における共通点を説明した上で、両者の道を併願・両立するという提案について詳しく解説しています。また、司法試験に合格した上で公務員として働く道についても触れています。将来の職業選択にまだ迷っているという方はぜひこの記事を参考にしてみてくださいね。
1 法曹と公務員
この記事をご覧になっているみなさんのうち多くの方が現在、大学の法学部に通っているのではないでしょうか。法学部においては、民間企業への就職という道を除けば、将来選択の1つとして法曹や公務員を志望する人も多いと思います。
そのような将来の職業選択の場面においてそもそも裁判官・検察官・弁護士という法曹として働くか、官僚などの国家公務員や地方公務員として働くかという点についてどちらの選択肢を採るかについては悩む人も多いのではないでしょうか。
2 司法試験と公務員試験を併願するメリット・デメリット
そこで、みなさんに提案したいのが、司法試験と公務員試験の併願・両立です。
あまり考えたこともない人も多いと思いますが、まずは両試験を併願するメリット・デメリットについてみていきましょう。
(1) メリット
① 両試験に合格すれば選択肢が広がる
1つ目のメリットは、司法試験と公務員試験の両試験に合格できれば将来の職業選択の選択肢が広がるということです。現在どちらの職業にするかどうか決めきれていなくとも両試験に受かっていれば、余裕を持って進路選択することができます。
また、公務員となり働いてからやはり法曹の道に進みたいと考え直したとしても、司法試験には既に受かっているため司法修習後、各種法曹の道にスムーズに進むことができます。一方、公務員となってから法曹を志したとすると、社会人であるため学生と比べればなかなか学習時間が確保できず、合格することが難しくなってしまうおそれがあります。
② それぞれの選択肢に保険をかけることができる
2つ目のメリットは法曹と公務員のそれぞれの選択肢に保険をかけることができる点です。仮に両試験のどちらかに合格できなくとも、もう片方の試験に受かっていれば進路がないという状態は防ぐことができます。
また、公務員試験は試験日時が被っていない限り、複数出願することもできるため、さらに複数の選択肢で保険を掛け合うことが可能となります。そして、司法試験や予備試験に加えて法科大学院の受験も並行して行うこともできます。
③ 試験科目が一部重複しているため、併願しやすい。
3つ目のメリットは、両試験は試験科目が法律科目で重複している場合が多く、併願がしやすいという点です。ここでは具体的な例として、司法試験と国家公務員採用総合職試験(法律区分)の併願を例としてみてみましょう。
まずは司法試験の試験科目です。
司法試験はマークシート形式の短答式試験と記述形式の論文式試験の2種類の試験によって構成され、以下のようになっています。
試験科目 | |
短答式試験 | 憲法・民法・刑法 |
論文式試験 | ・公法系〔憲法・行政法〕
・民事系〔民法・民事訴訟法・商法〕 ・刑事系〔刑法・刑事訴訟法〕 ・選択科目 ▷倒産法,租税法,経済法,知的財産法,労働法,環境法,国際関係法 〔公法系〕,国際関係法〔私法系〕から1科目選択 |
次に国家公務員採用総合職試験(大卒程度)法律区分の試験科目をみてみましょう。
この試験は、以下のように第1次試験と第2次試験に分かれます。
試験科目 | |
第1次試験 | ・基礎能力試験(多肢選択式)40題
▷知能分野(文章理解や判断数的推理)、知識分野(自然・人文・社会)13題 ・専門試験(多肢選択式)40題 ▷必須科目として憲法7題・行政法12題・民法12題の計31題 選択問題として商法3題、刑法3題、労働法3題、国際法3題、経済学・財政学6題のうち任意の9題 |
第2次試験 | ・政策論文試験
・人物試験(個別面接) ・専門試験(記述式) ▷憲法・行政法・民法・国際法の各1題、公共政策2題の5科目のうち、3題を選択して解答 ※公共政策を1題のみ選択することも可能 また、以上の試験に加え、外部英語試験の成績によって一定の加算がなされる。 |
以上からみるに、司法試験の試験科目のうち、憲法・民法・行政法は第1次試験・第2次試験の双方で用いることができ、選択問題の選択次第では、第1次試験において商法や刑法、あるいは司法試験や予備試験の選択科目でもある労働法や国際法も試験科目として解くことができます。これにより、重複する科目について勉強をすることはどちらの試験の対策にもつながる上、他の科目を勉強する余裕も生まれます。
(2) デメリット
以上のように、司法試験と公務員試験を併願・両立することには一定のメリットがあります。しかし、司法試験と公務員試験というどちらかのみの学習に専念する人が多い状況では、他の受験生と比べて学習時間が少なくなってしまうということが考えられます。
また、上述のメリットの裏返しの意味として、どちらかの試験に合格できてしまえばさえ良いと考え、両試験の合格するための緊張感やモチベーションを維持することが難しくなってしまう人もいると考えられます。以上により、両試験の併願をしたがゆえに「二兎を追う者一兎をも得ず」という状態になってしまうおそれがあるということがデメリットとして挙げられるでしょう。
もちろん緊張感やモチベーションを維持しにくいといった主観的な点は人によって異なりますが、他の受験生と比べて相対的に学習時間が少なくなってしまうのは確かです。そのため、両試験の併願に自信がないという方は進路をどちらかに決めてその勉強に専念する方がよいでしょう。
3 具体的な併願・両立の例
ここまでは併願・両立のメリット・デメリットについてみてきました。それでは、実際に併願をするとしたらどのような組み合わせが考えられるのでしょうか。一概に公務員といっても様々な職種があるので、それぞれ簡単にみていきましょう。
その前に、前提の知識として司法試験の受験資格について説明します。
司法試験は誰でも受験できるわけではなく、受験資格として①法科大学院を修了するか(令和5年度司法試験からは一定条件のもと、在学中の受験が可能)、②司法試験予備試験に合格することが必要です。後述の併願例では、併願の組み合わせとして司法試験を挙げていますが、大学在学中の方が公務員試験との併願をする場合は②の予備試験ルートでの司法試験受験が前提となります。また、みなさん各自の受験状況によっては予備試験と公務員試験の併願となることもあります。
(1) 司法試験と国家公務員採用総合職試験
併願例の1つ目は、司法試験と国家公務員採用総合職試験です。国家公務員の総合職とはいわゆる官僚をイメージしてもらえれば分かりやすいのではないかと思います。国家公務員総合職の試験区分は各専門分野に対応して行政・法律・経済等の様々に分かれています。大卒で受けるかつ司法試験と併願するのであれば、試験区分は先程みた「法律」を選択するのが一般的でしょう。
また、上記の「法律」の試験区分での国家公務員採用総合職試験は春ごろに行われますが、秋に行われる「教養区分」や「法務区分」の採用試験もあります。「教養区分」では春の「法律区分」のように法律科目などの専門分野に関する科目はありません。そして、「法律区分」では基本的に満21歳以上でないと受験できないところ(なお、大学卒業および試験の実施年度に卒業見込みの方は21歳未満で受験可能)、この「教養区分」は満20歳以上であれば受験することができ、仮に試験に落ちたとしても翌年春の「法律」区分での採用試験を受験することもできます。「法務区分」については、後述します。
(2) 司法試験と地方公務員試験(上級)
2つ目の併願例は司法試験と地方公務員試験(上級)です。この併願方法について、どれほど試験科目が重複しているかという点は厳密には各自治体によって異なりますが、一般的には教養科目と専門科目という試験内容のうち、専門科目において司法試験と共通した選択科目として憲法・行政法・民法・労働法等が問われていることが多いです。
詳しくは受験を考えている自治体の採用選考案内を確認してみてくださいね。
(3) 司法試験と裁判官事務官採用試験など
3つ目の主な併願例は司法試験と裁判官事務官採用試験です。裁判官事務官は、各裁判所内において、裁判事務や司法行政事務全般を行う職業です。
こちらは主に院卒者区分・大卒程度区分の総合職と高卒程度区分・大卒程度区分の一般職に区分が分かれます。大卒程度区分の総合職では満21歳以上30歳未満が年齢面での受験資格となります(なお、大学卒業および試験の実施年度に卒業見込みの方は21歳未満でも受験可能です)。
総合職・一般職ともに第1次試験である基礎能力試験(多肢選択式)と専門試験(多肢選択式)のうち、専門試験では、憲法・民法が必須科目として、選択科目として刑法または経済理論として問われます。そして、第2次試験の一部にある総合職の専門試験(記述式)では、憲法・民法・刑法(院卒者区分ではこれに加え刑事訴訟法または民事訴訟法)、一般職の専門試験(記述式)では憲法が試験科目として出題されており、司法試験の短答式試験や論文式試験の勉強がそのまま裁判所事務官の採用試験に活かすことができます。
また、以上の併願先の例の他にも、検察事務官や労働基準監督官、各種国会職員など、法律科目を使うことができる公務員試験が様々あります。みなさんの興味などに応じた職種の試験内容や職業内容等を調べてみるとよいでしょう。
4 司法試験合格後に国家公務員の採用試験を受験する
これまでみてきた併願・両立の例とは違い、司法試験に合格していることを受験資格としている公務員試験もあります。司法試験合格発表後に募集・試験が行われる国家公務員採用総合職試験の「法務区分」です。
第1次試験では基礎能力試験、第2次試験では政策課題討議試験と人物試験が試験科目となっており、法律科目は試験科目としては問われません。
この区分による試験では、司法試験合格までは司法試験の勉強に専念し、司法試験後は公務員試験の学習に集中するといったようにそれぞれの勉強に専念できるようなスケジュールで対策が行えます。
なお、この法務区分には、他の国家公務員総合職採用試験の試験区分とは異なり、年齢の下限はなく、どの試験区分にも共通する満30歳以下という上限での年齢制限しかありません。そのため、早期に司法試験に合格した方であっても年齢での受験資格の制限は考えることなく受験することができます。
5 併願する場合の勉強スケジュールの例
それでは、実際に司法試験と公務員試験とを併願するとしたらどのようなスケジュールでの学習となるのでしょうか。ここでは、併願として一般的である司法試験(予備試験ルート)と国家公務員採用試験の教養区分、法律区分の併願を例とし、予備試験を大学4年生で受験することを想定しています。
(1) 予備試験前年(大学3年生)
秋ごろに行われる教養区分は法律区分の21歳以上という基本的な年齢制限とは異なり、満20歳でも受験できるため大学3年生であっても受験できます。そのため、教養区分の対策を早期に始めていれば大学4年生に予備試験を受験する前年の大学3年生の秋に受験することができます。その後、教養区分に合格できれば、翌年の予備試験に専念して試験対策を進めていきましょう。教養区分に不合格となってしまった場合は、翌年の予備試験及び法律区分での試験合格を目指すこととなります。
(2) 翌年(大学4年生)
令和5年度からの予備試験は短答式試験が7月、論文式試験が9月、口述式試験が翌年の1月と現在より2ヶ月ほど後ろ倒しのスケジュールとなります。一方、法律区分は4〜6月に試験が行われ、6月中には合格発表がなされます。そのため、法律区分に合格できればその後の予備試験の対策に集中できます。法律区分でも合格できなかったとしても、同年の秋にはまた教養区分の採用試験があるため、予備試験の対策と並行にはなりますが、両方の受験をすることも十分可能です。その際、仮に教養区分に再度不合格だったとしても予備試験の合格や法科大学院への進学なども狙えます。予備試験に合格できれば翌年の司法試験に向けて対策をし、不合格であった場合は法科大学院を受験し、合格していれば法科大学院等に進学することができます。
なお、予備試験に大学3年生などの早期で合格してしまえば、上述のスケジュールでは予備試験を司法試験と読み替え、スケジュールが繰り上がることとなります。
また、先程みたように、司法試験まではその勉強に集中し、司法試験後は法務区分の試験を対策するといったように、司法試験後に公務員の対策を行うといった方法もあります。
6 サマリー
いかがだったでしょうか。司法試験と公務員試験、どちらの試験を受験するかで迷っている人は多くいると思います。しかし、今回の記事で説明したように両者の選択肢はどちらかしか取れないものではなく、科目間の相互関連性があるがゆえに併願・両立して受験することが可能です。資格試験の勉強は早くはじめた方がより有利になります。どちらの試験かで迷う前に、勉強をまず始めてみるのも1つの方法だといえるでしょう。
7 まとめ
- 司法試験と公務員試験は両立できる。
- メリットは主に選択肢を広げる、保険をかけることができる点。
- デメリットは各試験の対策が相対的におろそかになる、モチベーションを維持できないおそれがあるという点。
- 併願する選択肢も多様である上、司法試験合格後に公務員試験を受ける手もある。