制定からおよそ120年間、ほとんど改正がなかった「民法」。2020年4月1日に、その民法(債権法)が改正されることになりました。
改正の項目は小さなものまで含めると合計200程度にのぼりますが、この記事では2020年の宅建試験に与える影響にフォーカスして解説していきます。
1 民法改正の概要
2017年(平成29年)5月に成立した「民法の一部を改正する法律」。この法律がいよいよ2020年4月1日から施行されます。
民法には契約等に関する最も基本的なルールが定められていますが、この部分は「債権法」などと呼ばれます。上述の通り、債権法については1896年(明治29年)の制定以来、約120年間にわたって実質的な見直しがほとんど行われていませんでした。
今回、①約120年間の社会経済の変化への対応を図るために実質的にルールを変更する改正と、②現在の裁判や取引の実務で通用している基本的なルールを法律の条文上も明確にし、読み取りやすくする改正が行われています。
2 宅建試験で今回の民法改正が影響する範囲
2019年10月に実施される宅建試験は現行民法からの出題となるため、今回の民法改正について考慮する必要はありません。
ただし、2020年に行われる宅建試験を受験する方にとって、この民法改正は非常に重要な意味を持ちます。なぜなら、民法改正による改正部分が出題される可能性は極めて高いと考えられるからです。当然、確実にポイントをおさえておかなければなりません。
ここでは、民法の改正にともなって変更となる用語について、宅建試験の出題に影響すると考えられるものを一覧で見てみましょう。
要注意!用語の変更一覧
改正前 | 改正後 | ポイント | |
錯誤 | 無効 | 取消し | 判例によって明らかにされてきた「錯誤を主張できる者」の範囲が異なることになるため、結論が変わりうる |
時効 | 中断 | 完成猶予/更新 | 完成猶予:時効の進行がストップする更新:その事由があれば1から時効がスタートする |
停止 | 完成猶予 | ||
債権譲渡 | 譲渡禁止特約 | 譲渡制限の意思表示 | 譲渡制限の特約や意思表示がされている債権を譲渡しても有効となった。過去問で多く問われており、正誤が変更となるため要注意 |
民法上の賃貸借期間の存続期間 | 20年 | 50年 | 604条の改正による。借地借家法の適用の場合の存続期間が問われた過去問もあるので要注意 |
瑕疵担保責任 | 瑕疵 | 種類・品質・数量・権利に関する契約の不適合 | 数量指示売買がこれに吸収される |
担保責任 | 〇〇に関する契約不適合責任 | 追完請求、代金減額請求が明文化 | |
権利行使方法瑕疵を知った時から1年以内に契約の解除又は損害賠償の請求 | 瑕疵を知った時から1年以内に売主に通知 | 1年以内の損害賠償請求や解除の必要はなくなり、売主に契約内容に適合していないことを「通知」すれば足りる。その後の行使期間に関しては時効の一般規定と同様 | |
遺留分 | 遺留分減殺請求 | 遺留分侵害額請求 | 遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求で解決することに統一 |
上記をふまえて、次項では具体的な設問例をもとに解答をシミュレーションします。
3 宅建試験の過去問と比較!正誤が変わる3つの設問例
民法改正の影響で、問題によっては過去問の正答が変わってしまうことが考えられます。2019年までの出題と、2020年の出題では正誤がひっくり返るものも出てきます。以下に過去問から具体的な例を挙げてみました。限りある勉強時間のなかで誤った解答をインプットしないために、ぜひ参考にしてください。
【平成30年度】
問 : 債権譲渡に関する次の記述のうち、民法の規定及び判例によれば、誤っているものはどれか。
譲渡禁止特約のある債権の譲渡を受けた第三者が、その特約の存在を知らなかったとしても、知らなかったことにつき重大な過失があれば、当該債権を取得することはできない。
2019年まで:正しい
2020年から:誤り
⇒ 債権譲渡は、譲渡制限の意思表示があったとしても有効となったため(466条)。
466条Ⅰ 債権は、譲り渡すことができる。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない。Ⅱ 当事者が債権の譲渡を禁止し、又は制限する旨の意思表示(以下「譲渡制限の意思表示」という。)をしたときであっても、債権の譲渡は、その効力を妨げられない。Ⅲ 前項に規定する場合には、譲渡制限の意思表示がされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対しては、債務者は、その債務の履行を拒むことができ、かつ、譲渡人に対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもってその第三者に対抗することができる。Ⅳ 前項の規定は、債務者が債務を履行しない場合において、同項に規定する第三者が相当の期間を定めて譲渡人への履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、その債務者については、適用しない。
そして、譲渡制限の意思表示がされている債権が譲渡された場合、債権譲渡は有効であるが、債務者は、元の債権者(譲渡人)に弁済をすればよく、譲渡人は、譲受人に対して債務者から受けた弁済を交付することで満足を受けることとなる(466条3項参照)。なお、譲受人は、債務者に対し、譲渡人に弁済するよう催告することはできる(466条4項参照)。
譲渡禁止特約に反して債権を譲渡した債権者は、債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかである等の事情がない限り、その特約の存在を理由に、譲渡の無効を主張することができない。
2019年まで:正しい
2020年から:誤り
⇒ 1と同様に、譲渡制限の意思表示がされた債権であっても、その譲渡は有効。そのため、譲渡の無効を主張するということは観念できなくなるため。
譲渡禁止特約のある債権をもって質権の目的とした場合において、質権者がその特約の存在について悪意であるときは、当該質権設定は無効となる。
2019年まで:正しい
2020年から:誤り
⇒ これも1・3と同様に、譲渡制限の意思表示がされた債権であっても、その譲渡は有効であるため、譲渡制限の意思表示がされた債権を質入れしても有効。
【平成27年度】
問 : 次の記述のうち、民法の条文に規定されているものはどれか。
債務の不履行に基づく人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権は、権利を行使することができる時から20年間行使しないときは、時効によって消滅する旨
2019年まで:誤り
2020年から:正しい
⇒ 債権は「権利を行使することができる時から十年間行使しないとき」(166条1項2号)時効により消滅する(同条項柱書)。ただし、人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効については、改正民法の167条で20年間とされている。問題の内容は、民法166条及び167条に規定されているので、正しい肢となる。
事業のために負担した貸金債務を主たる債務とする保証契約は、保証人になろうとする者が、契約締結の日の前1か月以内に作成された公正証書で保証債務を履行する意思を表示していなければ無効となる旨
2019年まで:誤り
2020年から:不明
⇒ 改正前民法下では、本問の内容を規定している条文は存在しなかった。民法改正により、経営者以外の個人が事業に関する貸金等債務を保証する場合、保証契約締結に先立って、保証意思を宣明する公正証書を作成しなければならないとされた(民法465条の6~465条の9)。この条文が適用されるのは保証人が個人(自然人)である場合であり、保証人が法人である場合は適用されない。そのため、保証人が個人であるか法人であるか区別していない本問は、正誤が不明となる。
【平成26年度】
問 : Aは、Bに建物の建築を注文し、完成して引渡しを受けた建物をCに対して売却した。本件建物に瑕疵があった場合に関する次の記述のうち、民法の規定及び判例によれば、正しいものはどれか。
Cは、売買契約の締結の当時、本件建物に瑕疵があることを知っていた場合であっても、瑕疵の存在を知ってから1年以内であれば、Aに対して売買契約に基づく瑕疵担保責任を追及することができる。
2019年まで:誤り
2020年から:不明
※「瑕疵」という用語は、改正民法で「契約の不適合」に変わったが、その概念・内容は「瑕疵」と変わりはない。
⇒ 改正前民法では、買主が売主に対し瑕疵担保責任を追及するためには、売買の目的物に「隠れた」瑕疵がある必要があった。改正民法下では、瑕疵担保責任が「目的物の種類又は品質に関する契約不適合責任」に変更されており、当該責任を追及するためには「隠れた」瑕疵である必要はなくなった。
また、改正前民法では、買主が瑕疵担保責任を追及するためには、買主が瑕疵の存在を知った時から1年以内に契約の解除又は損害賠償の請求をする必要があったが、改正民法下では、売買の目的物が種類又は品質に関して契約の目的に適合しないことを買主が知った時から1年以内に、その旨を売主に対して通知する必要があるとされた。
そして、この通知を怠った場合は、買主は、契約不適合を理由として履行の追完請求、代金の減額請求、損害賠償の請求、契約の解除をすることができないとされた。ただし、「売主が引渡しの時にその不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは」1年以内に上記通知をしなくても、契約不適合を理由とする上記各請求をすることができる(566条ただし書)。
そのため、Cは、Aが売買契約の締結の当時、本件建物が契約に適合しないことを知っていた場合だけでなく、知らないことにつき重大な過失がある場合にも、1年以内に通知をすることなく、契約不適合責任を追及することができる。したがって、民法改正により問題文が想定している状況に変更が生じるため、この問題の正誤は不明になる。
4 サマリー
いかがでしたでしょうか。民法改正による宅建試験への影響は、2020年の実施分から現れることが確実となりました。
これまで現行民法で学習してきた方は、民法改正前の最後のチャンスとなる2019年の宅建試験で合格を目指しましょう。
2020年の宅建試験に挑戦することが決まっている方、受験する可能性が高そうな方は、民法改正のポイントを把握した上で、万全な対策で臨むことをオススメします。
5 まとめ
・制定から約120年を経て、2020年4月1日に民法(債権法)が改正される
・2020年実施の宅建試験からは、改正民法に基づいた出題になる
・民法改正前と改正後では、宅建試験問題の解答で正誤が逆になるものがある
・現行民法で勉強してきた方は、2019年の宅建試験合格を目指すべし
・2020年の宅建試験を受験する方にとっては、民法改正が重要ポイントとなる