『あえて』環境法を選ぶ。そういう選択肢もあります。
環境法は、司法試験の選択科目の中でマイナーな科目です。
受験者数も少ないです。
司法試験・予備試験の選択科目を考える際、『環境法なんて、そもそも眼中にありません』という人も少なくないでしょう。
ですが、そんな人も、ほんの少しだけ環境法を選択肢として検討してみませんか?
本記事では、環境法の特徴や選択するメリット・デメリット、環境法の勉強法をご紹介します。
1 司法試験・予備試験の環境法ってどんな科目?
民法や刑法と違って『環境法』という法典は存在しません。
環境法とは環境保全に関する法律分野の総称です。
司法試験の選択科目である環境法では環境を維持・保全または改善することを目的とした以下の10種類の法律を扱います。
1 | 環境基本法 |
2 | 環境影響評価法 |
3 | 大気汚染防止法 |
4 | 水質汚濁防止法 |
5 | 土壌汚染対策法 |
6 | 循環型社会形成推進基本法 |
7 | 廃棄物の処理及び清掃に関する法律 |
8 | 容器包装に係る分別収集及び再商品化の促進等に関する法律 |
9 | 自然公園法 |
10 | 地球温暖化対策の推進に関する法律 |
司法試験の科目である『環境法』の問題の種類は大きく2種類に別れます。
まず、1つ目が『環境訴訟』に関する問題です。
この分野からの出題では、環境問題の発生を事前に防ぐために差止め訴訟のような行政的手段を講じる場合や、実際に環境問題が発生した後の損害賠償請求といった民事的手段を講じる場合の問題について論じることになります。
環境訴訟法の分野は、行政法の知識や、民法の不法行為の知識が生かせる分野であり受験生にとって馴染みやすいと言えます。
2つ目に、『環境政策』に関する問題も出題されます。
この形式の出題は司法試験の科目の中でも環境法に特有のものです。
この分野からの出題では、環境問題に対処する政策の法律上の問題点を検討したり、環境問題を解決するための具体的な政策の検討を行うことになります。
実定法の解釈論が主な問題となる司法試験の他の科目と違って、環境政策分野では政策論を中心に論ずることになります。
そのため、環境法を選択した受験生は、その違いから最初は戸惑うことになるかもしれません。
2 環境法を選択する人は何人?合格率は?
司法試験において環境法を選択する受験生は、受験生全体の人数からみて少数派です。
以下の表は直近6年の司法試験における各選択科目を選んだ受験生の人数と、全体に占める割合を表したものです。
直近の令和3年の司法試験をみてみましょう。
環境法を選んだ受験生の人数は8科目中第7位の143人で、全体に占める割合はわずか4.2%でした。
やはり、環境法を選択する受験生は受験生全体の中でもマイナーな存在と言えます。
司法試験・選択科目別シェア率 | ||||||
令和3年 | 令和2年 | 令和元年 | 平成30年 | 平成29年 | 平成28年 | |
倒産法 | 437人(12.9%) | 452人(12.3%) | 608人(13.7%) | 758人(14.6%) | 906人(15.3%) | 1190人(17.4%) |
租税法 | 277人(8.2%) | 288人(7.9%) | 329人(7.4%) | 358人(6.9%) | 412人(6.9%) | 455人(6.6%) |
経済法 | 639人(18.8%) | 683人(18.6%) | 789人(17.8%) | 848人(16.3%) | 867人(14.6%) | 865人(12.6%) |
知的財産法 | 486人(14.3%) | 525人(14.3%) | 597人(13.5%) | 714人(13.7%) | 803人(13.5%) | 988人(14.4%) |
労働法 | 1,009人(29.7%) | 1,104人(30.1%) | 1,299人(29.3%) | 1,481人(28.5%) | 1,738人(29.3%) | 1,932人(28.2%) |
環境法 | 143人(4.2%) | 161人(4.4%) | 256人(5.8%) | 305人(5.9%) | 353人(6.0%) | 448人(6.5%) |
国際関係法(公法系) | 46人(1.4%) | 48人(1.3%) | 59人(1.3%) | 64人(1.2%) | 81人(1.4%) | 109人(1.6%) |
国際関係法(私法系) | 355人(10.5%) | 403人(11.0%) | 492人(11.1%) | 672人(12.9%) | 769人(13.0%) | 859人(12.5%) |
合計 | 3,392人 | 3,664人 | 4,492人 | 5,200人 | 5929人 | 6、846人 |
(出典:法務省『司法試験受験状況』)
そして、気になるのが環境法を選択した受験生のうち、どのくらいの割合の受験生が司法試験に合格することができたのか、というところですね。
令和3年の司法試験では、環境法を選択した全受験生のうち司法試験に合格した受験生の割合は約31%でした。この合格率は8科目中第8位でした(つまり、この年の最下位)。
もっとも、選択科目ごとの合格率の差はそれほど大きくありませんし、合格率は毎年変動するので、この結果だけを見て環境法を選択すべきでないと判断するのは軽率と言えそうです。
以下は直近6年の各選択科目を選んだ受験生のうち司法試験に合格した人の割合を示したものです。
司法試験・選択科目別合格率 | ||||||
令和3年 | 令和2年 | 令和元年 | 平成30年 | 平成29年 | 平成28年 | |
倒産法 | 46.22% | 45.13% | 37.83% | 31.66% | 29.80% | 25.97% |
租税法 | 39.35% | 33.68% | 29.48% | 28.21% | 22.82% | 20.66% |
経済法 | 43.35% | 39.39% | 34.60% | 31.25% | 25.37% | 23.35% |
知的財産法 | 39.71% | 38.10% | 32.50% | 26.89% | 25.03% | 22.57% |
労働法 | 45.09% | 43.57% | 37.11% | 31.47% | 27.62% | 23.71% |
環境法 | 30.77% | 28.57% | 28.13% | 21.97% | 20.68% | 19.64% |
国際関係法(公法系) | 41.30% | 27.08% | 22.03% | 14.06% | 19.75% | 16.51% |
国際関係法(私法系) | 34.37% | 34.74% | 28.66% | 27.53% | 24.58% | 22.24% |
(出典:法務省『司法試験の採点結果』(平成28年〜令和3年)をもとに筆者が作成)
3 環境法を選択するメリットは?
環境法を選択する受験生は例年少数ですが、『あえて』環境法を選択するとどんなメリットがあるのでしょうか?
(1) 民法や行政法とシナジー効果が期待出来る!
先述した通り、環境訴訟法の分野からの出題では、行政法の知識や民法の不法行為分野の知識を活かすことができます。
そのため、選択科目として環境法を勉強することは、同時に行政法や民法を勉強することになり、これらの科目とシナジー効果を狙うことができます。
また、環境法における民法や行政法の知識の占めるウエイトが大きいために、環境法のためだけに勉強しなければならない知識は比較的少なくなります。
これは受験生にとって大きなメリットと言えるでしょう。
受験生にとって選択科目にばかりあまり時間を割くことはできません。
ところが、勉強量が足りないととたんに足切りのリスクが跳ね上がるのも選択科目の怖さです。
選択科目特有の勉強量を抑えることができ、さらに民法や行政法のシナジー効果も狙える環境法は受験生にとって賢い選択肢の一つと言えるでしょう。
(2) 強力なライバルが少ない
環境法を選択する受験生の中に、『環境法のエキスパート』と言えるような受験生が少ないことも環境法を選択するメリットと言えます。
他の選択科目の受験生の中には『その法律分野のエキスパート』とも言える受験生が混ざっていることがあります。
例えば、知的財産法を選択する受験生の中には、弁理士試験を突破した受験生や企業の法務部で実務に携わったことのある受験生がいることがあります。
同様に、租税法であれば、税理士の資格を有する受験生が、労働法であれば社労士の資格を有する受験生がその科目を選択していることがあります。
このような『エキスパート受験生』に対して、司法試験突破のために初めて選択科目の勉強をした受験生はどうしても不利になってしまいます。
『エキスパート受験生』が豊富な知識を持っているのに対して、他の科目と並行しながら対策しなくてはならない受験生との間で差が生じるのは当然です。
ところが、環境法には他の選択科目にあるようなメジャーな国家資格がありません。
また、司法試験の受験前に環境法実務に携わったことのある受験生はほとんどいないでしょう。
環境法を選択した受験生は、皆横一線のスタートと言っても良いでしょう。
(3) 今後、環境法に強い弁護士のニーズが上昇するかも!?
環境法は今後より注目される法分野です。
カーボンニュートラルは今や世界的な潮流ですし、環境に配慮した持続可能な開発は今後ますます重要性を増すことでしょう。
そのような時代の流れの中で企業の環境規制に対する姿勢にも変化が見られます。
かつては、倒産法や労働法に比べて実務的でないと言われた環境法ですが、今後環境法の実務的ニーズは上昇すると言えそうです。
そんな中で、先ほどの表を見れば分かる通り、環境法を選択科目として選ぶ司法試験受験生はまだまだ少ないのが現状です。
すると、環境法に精通した法曹の需要に対して、環境法に精通した法曹の供給量は少なくなり、結果として環境法に精通した法曹は重宝されることになるでしょう。
時代に先んじて環境法の知見を深めることが将来大きなビジネスチャンスを掴むことにつながるかもしれません。
4 環境法を選択するデメリットは?
以上、環境法を選択するメリットを見てきましたが、今度は環境法を選択することで生じるデメリットを見ていきましょう。
(1) 独学が難しい
独学が難しい点が環境法のデメリットです。
司法試験の選択科目として環境法を選択する受験生は少数に止まることから、他の選択科目に比べて市販の基本書や演習書が充実しているとは言えません。
また、環境政策分野からの出題は環境法特有の対策が必要ですが、その対策にも独学の場合ですと苦労が伴います。
また、他の選択科目と比べて、環境法を選択して合格した先輩を探すことが難しく、受験のノウハウを学び辛いのも受験生にとって障壁となるでしょう。
環境法を勉強するには、法科大学院や予備校で環境法を専門としている先生に指導をしてもらうなど、工夫が必要です。
(2)環境政策論という環境法独自の設問に対処する必要がある
前述の通り、環境法には環境政策に関わる分野からの出題があります。
この形式の出題は他の科目ではなされないため、戸惑ってしまう受験生もいるでしょう。
環境法の選択を検討する際は、実際に過去問を解いてみて環境政策論からの出題に対処できそうかチェックすることでミスマッチを防ぐことも重要と言えるでしょう。
5 環境法の勉強法は?
さて、以上、環境法を選択するメリット・デメリットを見てきましたが、ここからは実際に環境法を選択した受験生がどんな勉強をすべきかご紹介します。
(1)採点実感の『学習者及び今後の法科大学院教育に求めるもの』を読もう!
環境法に限った話ではありませんが、選択科目の勉強をする際におすすめなのが、法務省が毎年発表している司法試験の採点実感の中の『学習者及び今後の法科大学院教育に求めるもの』という項目を読むことです。
この項目を読むことで選択科目をどのように勉強したら良いのか、指針を立てることができます。
例えば、令和3年の司法試験・環境法の採点実感では以下のような内容の記述がされています。
- まずは、環境法の基本構造と基本理論を正確に身につけることが必要
- 環境問題の解決には環境法領域の専門知識だけでなく、行政法、民事法、各種手続法の知識を総合して応用することが必要
- 環境法令の背景事情、立法趣旨を理解する必要
- 常にきちんと条文を参照して法体系全体の仕組みや個々の条文の文言を正確に理解することが重要
- 環境法令はしばしば改正されるので、動向には常に注意することが必要
(参照:法務省『令和3年司法試験の採点実感 選択科目』)
(2) 環境政策分野の勉強法
次に出題形式に応じた具体的な対策法をご紹介します。
環境政策分野からの出題では、実施されている政策の問題点を検討させる問題が出題されています。
この出題形式の問題に対応するポイントは、『その政策が環境法令の中のどの条文との関係で問題となるか』をしっかりと答えられるように準備しておくことです。
そのための対策として、まずは環境法令の基本構造を理解することが重要です。
最初は10種類の環境法令の目次を見ながら『どの法令の、どの部分に、どんな条文があるのか』を意識して学習すると良いでしょう。
そのようにして環境法令の全体像を掴んだら、次に、各条文の要件・効果、趣旨目的を理解していきます。
このように全体像を掴んでから、個別の条文を勉強することで、複雑な条文構造の中でも各条文の知識を体系的に習得することができます。
(3) 環境訴訟分野の勉強法
環境法の採点実感で毎年のように指摘されていることですが、環境訴訟分野からの出題で点数を伸ばすには、民事法や行政法など他の法律の知識も重要になってきます。
そのため、時には民法や行政法の基本書や判例集に立ち返ることも重要になります。
また、令和3年・環境法の設問2では、問題文の事情から問題となる事情を拾い出し、住民の真の救済を考えることや、裁判官や各訴訟代理人といった複数の立場から救済方法の優先順位などを考えることが求められています。
このことからも分かるように環境訴訟分野の問題の対策としては、単に知識をインプットするだけでは不十分であり、紛争の問題点やその解決策を自らの頭で考えることが重要になります。
時間不足になりがちな選択科目の学習はインプットを重視しがちですが、環境訴訟分野からの出題で点を伸ばすために過去問や答練などアウトプットの勉強も大切にしましょう。
6 サマリー
いかがだったでしょうか?
確かに、環境法は司法試験の選択科目の中でメジャーな科目とは言えません。
そのために試験対策で苦労することもあるでしょう。
ところが、環境問題への危機意識が加速度的に高まる今日の社会において環境法は今後さらに重要性を増すでしょう。
試験戦略上も他の科目とシナジー効果が狙えるなど有利な点があります。
そんな環境法の対策法は、環境法令の基本構造の理解と、アウトプットを通して自分の頭で問題解決手段を考えることが重要になります。
司法試験や予備試験で『あえて』環境法を選ぶ。
そんな選択肢を少しだけ考えてみてはいかがでしょうか?
7 まとめ
- 環境法を選択する受験生は少数
- 環境法選択には特有の知識が少なく、他の科目とのシナジーを狙えるメリットがある。
- 環境法を選択する受験生には『エキスパート受験生』が少ない
- 環境法選択には、独学が難しいというデメリットがある
- 環境政策分野に対処するため、法令の基本構造の理解が大切
- 環境訴訟分野に対処するため、他の科目の知識や、アウトプットが重要