1 司法試験の憲法とはどんな科目か?
憲法は国家の基本法であり、どんな法律問題も最終的には憲法の問題に行き着くと言われるほど重要な法律です。
そんな重要な法律は以下に示す通り全部で103条しかありません。
憲法は司法試験の科目の中で最も扱う条文数が少ないのです。
条文数が少ないということは、それだけ抽象度が高いということです。
そのために憲法に苦手意識を持つ受験生も多いです。
【憲法】
全103条
前文 | 総論 |
第1章 天皇(第1〜8条) | |
第2章 戦争の放棄(第9条) | |
第3章 国民の権利及び義務(第10〜40条) | 基本的人権 |
第4章 国会(第41条〜64条) | 統治機構 |
第5章 内閣(第65〜75条) | |
第6章 司法(第76〜82条) | |
第7章 財政(第83〜91条) | |
第8章 地方自治(第92〜95条) | |
第9章 改正(第96条) | |
第10章 最高法規(第97〜99条) | |
第11章 補則(第100〜103条) |
司法試験の憲法は論文式試験と短答式試験の2種類の試験が出題されます。
以下、それぞれの試験の特徴をみていきましょう。
(1) 論文式試験
論文式試験では、問題文の事例に示された法律案や条例案、処分などの憲法適合性を問う問題が毎年出題されています。
特に憲法で定められた人権を侵害するかどうかを問う問題がよく出されます。
その時に問題文で示される事例は、判例の事例がそのまま出されるということはほとんどなく、多くの受験生が試験場で初めて目にする事例であることがほとんどです。
そのため、司法試験の論文式試験の攻略は、判例や条文の知識を丸暗記するだけでは到底太刀打ちできません。
受験生には学んだ知識を活用して、自分が初めて直面する問題に対応するための思考力が求められていると言えます。
令和3年の司法試験・論文式試験では、大規模なデモの際に、デモ参加者の一部が商店のショーウィンドウを破壊する,ごみ箱に放火するなどの 暴力的な行為に及ぶことに対処するための法律案の憲法適合性が問題となりました。
問題となった法律案は『顔を隠して集団行進に参加することを禁止する。』という規制と、『デモにおいて公共の安全を害する行為を行った者が一定以上の割合で含まれる団体が利用している機関紙やSNSアカウントの報告を義務付ける』という規制を含むものでした。
受験生は、問題文の事情や、問題文に登場する関係者(国会議員と法律家)のやりとりを読み解きながら、表現の自由、結社の自由、プライバシーの権利などとの関係でこの法律案が憲法に違反するものかどうかを論じることが求められました。
(出典:法務省『令和3年司法試験の結果について』より『論文式試験出題の趣旨』)
(2) 短答式試験
司法試験の短答式試験はマークシート形式で出題されます。
以下のように選択肢の適切な正誤の組み合わせを問われることが多いです。
ex.
〔問〕思想・良心の自由に関する次のアからウまでの各記述について,最高裁判所の判例の趣旨に照らして、正しいものには〇、誤っているものには×を付した場合の組合せを選びなさい。
ア、・・・・・
イ、・・・・・
ウ、・・・・・ 以下 省略
出題傾向も論文式試験が『自分の力で考える思考力』が重要であるのに対して、短答式試験での『判例や条文そのものの知識量』が重要になってきます。
例えば、短答式試験では、最高裁の憲法判例の帰結・理由づけの知識や、条文知識を直接問うてくることが多いです。
単に知識を問うてくるだけなら、簡単と思われた方もいるかもしれません。
ところが、司法試験の短答式試験は判例や条文の細かい文言にも注意を払って学習しないと正解にたどり着けない問題も多々あり、学習は容易とは言えません。
この点は後述します。
また、出題範囲も論文式試験が憲法の人権規定中心であるのに対して、短答式試験では人権規定に加えて、統治分野の規定や憲法の総論、憲法にまつわる歴史など、幅広い分野から出題されることが特徴です。
このように司法試験の憲法と言っても、論文式試験と短答式試験で問題の性質は大きく異なります。
司法試験対策として、つい論文式試験の対策に注力しがちですが、短答式試験についても十分な対策をする必要があります。
2 司法試験の憲法はここが難しい!
以下では、受験生が司法試験の憲法の学習をする際に『難しい』と感じるポイントについて解説していきます。
(1)抽象的な分野であり理解が難しい
まず、憲法の対策を始めたばかりの受験生に最初に立ちはだかる壁が、憲法の抽象性です。
刑法の199条は殺人罪について定めた条文ですが『人を殺した』という文言を理解できない受験生はいないでしょう。
ところが、憲法の場合はそう簡単にはいきません。
憲法14条1項を見ていきましょう。
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。 |
憲法14条は平等権について定めた条文ですが、この条文中の『法の下の平等』とは何を意味するのか?
例えば、年収1億円のAさんと、年収500万円のBさんに、同じ額の税金を課すことは『平等』と言えるでしょうか?
それとも、AさんにはBさんの2倍の税金を課した方が『平等』と言えるでしょうか?
このように憲法の条文は抽象的であるため、理解することが難しいという特徴があります。
14条1項のように短い条文を駆使する場合でも、その解釈を巡って学説はどのように対立しているのか、判例ではなんと言っているのか、など必要な知識は山のようにあります。
論文式試験では、憲法の知識を駆使して、問題について自分の頭で考えることが求められますが、前提となる知識の習得段階のハードルが高いのが憲法の難しさです。
(2) 論文式試験では問題の事情の分析力が試される!
さて、無事に憲法の膨大な知識を習得した受験生にさらなる壁が立ちはだかります。
それは、学んだ知識をどのように活かせば良いのかわからない、ということです。
司法試験の論文式試験で学んだ知識を活かすには問題文を読んで、何が憲法との関係で問題になるのかを自分の力で見つけ出さなくてはなりません。
問題文に『平等権との関係で憲法適合性を論ぜよ』と書いてあれば楽ですが、そんな親切なことはありません。
また、仮に自分の力で平等権が問題になるな、とわかっても、設問の事例は受験生が一生懸命に学んできた判例の事例とは異なるものです。
司法試験受験生は判例や学説の考え方を意識しつつ、問題となる人権にとって重要になる事情を適切に評価して憲法適合性を論じることが求められます。
このように、論文式試験の憲法を攻略するためには、問題文の事案を適切に分析して『憲法のどの権利との関係で問題になるのか』、『その権利との関係で問題文のどんな事情が重要になるのか』自分の力で発見する必要があります。
こうした分析能力があって初めて受験生が一生懸命学んだ憲法の知識を活かすことができるのです。
(4) 短答式試験では判例や条文の深い理解が問われる
短答式試験の難しい点は、判例や条文の正確な知識な知識が求められることです。
例えば、三菱樹脂事件(最大判昭和48.12.12)という憲法判例にもなった事件があります。
この判例には、『企業は契約締結の自由を有し、採用する労働者の決定や採用条件について、法律その他による特別の規制がない限り、原則として自由にこれを決定できる』と言った旨が書かれています。
そして、この判例について、司法試験の短答式試験では、以下のような文章の正誤が問われます。
『三菱樹脂判例において、企業にはいかなる者を雇うか、いかなる条件で雇うかについて自由に決定できるとされた。』
この答えは、『誤』になります。
なぜなら、三菱樹脂事件判決で企業に認められたのは『法律その他による特別の規制がない限り』という限定的な採用者決定の自由だからです。
正誤判定が求められた文章は、企業に無限定の採用者決定の自由を認めている点で誤りとなります。
『三菱事件判決って、たしか、企業に採用者決定の自由を認めた判例だったよな〜』
くらいの曖昧な知識しかない受験生は『正』と答えてしまうでしょう。
短答式試験はこのように曖昧な知識しかないと痛い目を見る試験です。
先ほども述べたとおり、短答式試験は試験範囲も広いですから、受験生にとっては知識の量と質の両方が求められる点で対策が難しいと言えるでしょう。
3 憲法の論文式試験の対策のコツ
ここからは、より具体的に司法試験の憲法の論文式試験・短答式試験の対策のコツを解説していきます。
(1)まずは判例学習!
論文式試験対策としてまず重要なのが判例学習です。
この理由は主に二つあります。
まず、一つ目に判例学習によって憲法の知識を実際に活用することができるようになります。
前述した通り、憲法は抽象的な知識を学ぶことが多いです。
この抽象的な知識をいくらインプットしたところで、実際の試験に出題されるような具体的な事件に憲法の知識を使えるようにはなりません。
そんな抽象的な知識と具体的な問題の橋渡しをしてくれるのが判例です。
判例は憲法の条文解釈を示し、実際におきた具体的な事件の憲法適合性を示したものです。
この判例を学習することによって、抽象的だった憲法の知識を具体的なイメージを持って習得することができます。
次に、二つ目に、判例学習をすることで司法試験の問題文を適切に分析することが出来るようになります。
例えば、問題文の中から、憲法上どの権利との関係で問題になりそうかを判断する時も、判例で問題になった権利に引き付けて考えることで、問題となる権利を見つけやすくなります。
また、判例で重要視していた事情が問題文の中にもあるか、反対に、判例と異なる事情はないか、など判例を基準に考えることで、重要な事情の取捨選択が容易に出来るようになります。
判例を学習する際は、ただ漫然と読むのではなく、このように論文試験に活かすことまで想定して学習すると良いでしょう。
(2)憲法の答案構成のパターンを身につけよう
司法試験の論文式試験では主に、国や地方公共団体の規制が憲法上の人権を侵害していないかが問われます。
この問題に対処するパターンは毎年ほぼ同じです。
以下の思考パターンで問題文を検討していくことになります。
【思考パターン】
①原告の権利侵害
②侵害された権利は憲法上保護されているか
③保護されるとしたらどの程度重要な権利か
④違憲審査基準
⑤あてはめ(問題文を違憲審査基準にあてはめる)
また、憲法判例を読む際もこの①から⑤の流れを意識して読むことで、内容を理解しやすいのでおすすめです。
そして、以上の思考パターンで問題文を検討することができたら、以下のような構成で答案を作成することになります。
以下は厳格審査基準を用いて、問題文の規制を違憲とする場合の答案構成です。
憲法答案構成例(厳格審査基準にて規制を違憲にする場合)
1.本件規制は原告の〇〇の自由を侵害し、憲法〇〇条に反し違憲ではないか。 2.〇〇の自由は憲法〇〇条の保障する〇〇の自由の一つとして憲法〇〇条によって保証される。 3.そして、本件規制は〜〜〜〜であり、原告の〇〇の自由を制約している。 4.では、本件規制は正当化されるか? (1)〇〇の自由は〜〜〜であり重要と言える。 (2)本件規制は〜〜〜〜〜であり、原告の〇〇の自由に思い制約を課している。 (3)よって、違憲審査基準は厳格に、本件規制にやむにやまれぬ目的があって、本件規制が手段として目的達成のために必要不可欠と言える場合は、本件規制は正当化される。 ①本件規制の目的は〜〜〜〜であり、目的は必要不可欠と言えない。 ②本件規制は手段として〜〜〜〜であり、本件規制は手段として目的達成のために必要不可欠と言えない。 よって、本件規制は正当化されない。
5.したがって、本件規制は憲法〇〇条との関係で違憲である。 |
例で示した『〜〜〜〜』の部分に問題文の事情を評価して当てはめていくことで憲法の答案が完成します。
ここで、重要なのが『きちんと問題文の事情を自分の言葉で評価すること』です。
よく、『本件規制は違憲だろう』と結論付けて問題文の事情を適切に評価することなく上記の枠組みに当てはめて違憲・合憲の結論を出す答案を書く受験生がいます。
憲法の答案は、上記枠組みを使えばそれっぽい答案が書けるので、つい問題文の事情を自分の用意した結論に合うように評価したくなりますが、そのような答案は評価されません。
『一般的に表現の自由って、重要だけど、問題になっている自分の身元が知られずに表現する自由って、どのくらい重要なんだろう?』
『一般的に事前規制って事後規制より厳しい規制って言われてるけど、今回はどうなんだろう?』
など、自分の頭で『問題文の事情をどう評価すべきか』を考えましょう。
(3) 論証集を効果的に使おう!
このように長い問題文から重要な事情を抜き出し、適切に評価しようと思うと時間がかかります。
そこで活躍するのが論証集です。
論証集には憲法上問題になりうる論点とその論点についての典型的な記述の仕方がまとめられています。
論証集を使用して学習することで、論文式試験本番でいち早く憲法上の論点を発見することが出来るようになりますし、答案作成の時間を短縮することができます。
ここで勘違いしてはならないのは、論証集はあくまで学習の効率化の道具だということ。
論証集の文言を一言一句正確に覚えようとする人もいますがそれはかなりの労力を伴いますし、効率的とは言えません。
最初は、論証のキーワードだけを押さえるといいでしょう。
また、答案に論証集の論証をそのまま書こうとする人もいますが、これも場合によってはやめた方がいいでしょう。
答案全体の分量や、その論点が今回の設問でどれだけ重要なのかによって、その論点について書くべき文章も変わってくるからです。
論証集は便利な道具ですが、使い方には注意しましょう。
(4)事案の評価は判例や模範解答を分析しよう。
論文式試験の憲法では問題文の事案を適切に評価することが重要ですが、この評価するスキルを身につけるのにまず役に立つのが判例です。
ところが、司法試験の問題文は判例をベースに作られていると言っても、判例と全同じというわけではありません。
受験生が初めて直面する事情も多々あることでしょう。
そんな時は模範解答を参考にしましょう。
模範解答を見ることによって、問題文のどの事情を拾うべきなのか、判例の考え方で試験問題を考える場合、どのように考えたらいいのか、を学ぶことができます。
模範解答を分析することで、憲法の知識や判例の考え方を実際の答案にどのように落とし込めばいいのかが分かります。
過去問や答練の問題を解く際には、模範解答の分析も忘れずに行いましょう。
4 憲法の短答式試験対策のコツ
次に、短答式試験の憲法のコツをご紹介していきます。
(1)まずは判例の内容を理解しよう
短答式試験対策で判例学習が重要なのは、論文式試験と同じです。
しかし、論文式試験対策の判例学習と短答式試験対策の判例学習で意識すべきところは少し異なります。
論文式試験では判例の考え方や判断要素を参考に自分で答案を書けるようにするための学習が中心になります。
一方で、短答式試験では判例の理由づけや帰結そのものが問われるため、細かい判例の言い回しにも注意する必要があります。
特に注意すべき文言は『原則として』や『特段の事情がない限りは』など判例の射程を限定するフレーズです。
先ほどの三菱樹脂事件の問題のように、一見判例の帰結と整合性がありそうな選択肢も、実際の判例と異なって射程を限定していないため誤りとなる問題は多くの受験生が引っかかるところです。
司法試験の短答式試験の選択肢は、判例の文言ベースで作られているので、試験本番でこうした細かい違いに気付くためにも、直前に判例集を見直してみるのもいいですね。
(2) 条文を素読しよう
憲法の条文は103条しかありません。
多くの受験生は表現の自由について定めた21条や、平等権について定めた14条は論文式試験でも多用するので、条文を暗唱することも容易でしょう。
ところが、こうした人権分野の条文とは対照的に、統治分野の条文は司法試験の論文式試験の対策ではほとんど使いません。
そのため、統治分野の条文について『なんとなく内容は知ってるけど、具体的な文言は思い出せない』という人も多いでしょう。
司法試験の短答式試験では、こうした統治分野からも必ず出題がなされます。
中には、条文さえ知っていれば解けるという問題もあります。
短答式試験を確実に突破するために是非条文を満遍なく素読してみましょう。
また、短答式試験直前に判例を見直すのに合わせて、憲法の条文を確認するのもおすすめです。
(3) 過去問を繰り返し解こう
短答式試験の対策として、なんと言っても外せないのが過去問を繰り返し解くことです。
短答式試験は論文式試験に比べて出題される分野が広いですが、毎年似たような問題が出題される分野も多々ありますので是非過去問を研究することをおすすめします。
また、短答式試験の過去問は出来るだけ早めに解き始めるのがおすすめです。
多くの受験生は司法試験を受験する前に憲法のテキストや参考書、判例集を何周もします。
ところが、試験本番でどんな問題が出題されるかをわかっていてテキストを読むのと、試験本番を意識せずただ漫然と読むのとでは学習効果に点と地の差があります。
出来るだけ過去問を早めに解きはじめ、効果的に短答式試験対策を行いましょう。
5 サマリー
いかがだったでしょうか?
司法試験の憲法では、論文式試験と短答式試験とで大きく性質が異なります。
また、他の科目と異なり抽象的な学問であるため苦手にする受験生が多いのも特徴です。司法試験の憲法の対策としては判例学習を大切にして、まず具体的なイメージを持つことから始めましょう。そして、過去問を実際に自分で解いてみて学んだ知識を駆使する方法を身につけることが大切です。
憲法に苦手意識を持つ受験生もまずは判例を読むことから始めてみましょう
6 まとめ
- 論文式試験では人権分野中心。『自分の頭で考える力』が問われる』。
- 短答式試験では幅広い分野から出題される。『条文や判例そのものの知識』が問われる。
- 論文式試験の判例学習は、判例が重要視していた点を中心に学ぶことで、問題分析の参考にする。
- 短答式試験の判例学習は、細かい文言に注意。特に『射程の限定フレーズ』。
- 過去問を繰り返しとくことで学習の質を高めよう。
- 短答式試験の直前には判例や条文を見直すのがおすすめ。