“相次ぐ民法改正? 私の答案は大丈夫……?”
日本で最初に民法典が施行されたのは1898年。今から120年以上も昔のことになります。民法は私人と私人の権利義務関係を定める基本的な法であり、この120年間あまり改正されてきませんでした。
ところが、2010年代後半以降、この民法の改正が相次いでいます。
しかも、2017年の債権法改正といった大規模な改正がなされています。この改正は司法試験を受ける受験生にも無関係ではいられません。
本記事では近年の民法改正の概要と改正への対処法をご紹介いたします。
民法改正に対応した試験勉強の一助となれば幸いです。
1 近年の民法改正の概要
それでは、近年の民法改正の概要と改正箇所を見ていきましょう。
(1) 2017年:債権法改正
まず、2017年には債権法が大幅改正されました。
この改正は、社会・経済の変化への対応を図ること、および民法を国民一般にわかりやすくするために実務ルールの明文化を図ることを目的に、200項目にもおよぶ大規模な改正が行われました。
以下、主な改正事項を列挙します。もし、改正前の内容で学習している方は該当箇所をお手持ちの六法や改正に対応した六法でご確認ください。
・消滅時効の見直し(第166条など)
・法定利率に関する見直し(第404条など)
・保証に関する見直し(第465条の6~9)
・債権譲渡に関する見直し(第466条など)
・約款(定型約款)に関する規定の新設(第548条の2)
・意思能力制度の明文化(第3の2)
・意思表示に関する見直し(95条)
・代理に関する見直し(102条)
・債務不履行による損害賠償の帰責事由の明確(415条)
・契約解除の要件に関する見直し(541条、542条、543条)
・売主の瑕疵担保責任に関する見直し(562条〜564条、566条)
・原始的不能の場合の損害賠償規定の新(412条の2)
・債務者の責任財産の保全のための制度(423条の3~6、424の2~ 6)
・連帯債務に関する見直し(441条など)
・債務引受に関する見直し(470条など)
・相殺禁止に関する見直し(509条)
・弁済に関する見直し(第三者弁済)(474条)
・契約に関する基本原則の明記(522条など)
・契約の成立に関する見直(525条など)
・危険負担に関する見直し(536条など)
・消費貸借に関する見直(591条)
・賃貸借に関する見直し(敷金、原状回復、賃貸不動産譲渡の明確化、存続期間の見直し)
・請負に関する見直し(報酬請負人の担保責任の整理)
・寄託に関する見直し(成立要件、当事者の権利義務、特殊類型の寄託)
(参照:法務省『民法(債権関係)の改正に関する説明資料ー主な改正事項ー』)
(参照:法務省『民法(債権改正)Q&A』)
(2) 2018年:相続法改正、成年年齢の引き下げ
2018年には親族法分野である相続法が改正されました。相続法は短答式試験で特に出題される分野であるので注意しておきましょう。
また、成年年齢が引き下げられたのもこの年です。ニュースなどで覚えている方も多いのではないでしょうか? この成年年齢の引き下げが『施行』されるのは令和4年度の司法試験直前なので注意しましょう。(詳しくは後述します。)
以下、改正された箇所を列挙します。
① 相続法改正
・配偶者居短期居住権の新設(1037〜1041条)
・配偶者居住権の新設(1028~1036条)
・配偶者保護のための方策(903条4項)
・遺産分割前の払戻し制度の創設(909の2)
・遺産分割前の遺産に属する財産を処分した場合の遺産の範囲(906条の2)
・自筆証書遺言の方式緩和(968条)
・遺言執行者の権限の明確化(1007、1012、1016条)
・遺留分制度に関する見直し(1042〜1049条)
・相続の効力等に関する見直し(899条の2)
・特別の寄与(1050条)
(参照:法務省『相続法改正の概要について』)
② 成年年齢の引き下げ
・成年年齢の引下げ(4条)
・女性の婚姻年齢の引上(731条)
(参照:法務省『民法の一部を改正する法律(成年年齢関係)』)
(3) 2019年:特別養子関係
2019年には親族法分野である特別養子縁組の制度が改正されました。これは、現在児童養護施設等にいる多数の児童のうち、家庭で養育することが望ましい児童も多数いることを背景に、特別養子縁組制度の利用を促進するためになされました。
主な民法の改正は以下に示す通りです。
・養子候補者の上限年齢の引上げ(817条の5)
(参照:法務省『民法等の一部を改正する法律(特別養子関係)』
(4) 2021年:物権法・相続法改正
2021年には物権法・相続法の改正が行われました。
この改正は近年問題になっている所有者不明土地問題に対処するため、所有者不明土地の発生の予防と利用の円滑化を促進するためになされました。
この改正は施行年が未だ不明なので今後注意が必要です(2021年12月13日現在)。
以下、民法の改正箇所を列挙します。
・相隣関係の見直し(213条の1~3の新設、233条の改正)
・共有の見直し(249条、251条、252条、252の2条、258条、262条の2~3、898条)
・財産管理制度の見直し(264条の2~8、264条の9~14)
・相続制度(遺産分割)の見直し(904条の3、258条の2、262条の2~3)
(参照:法務省『民法の改正(所有者不明土地等関係)の主な改正項目について』
2 改正された民法が司法試験に出題されるのはいつから?
これまで近年の民法改正の概要を見てきましたが、改正後の民法はいつから試験範囲に反映されるのでしょうか?
(1) 出題される法令は試験日に『施行』されている法令!
法務省の『令和3年の司法試験に関するQ&A』によると、
・出題される法令は司法試験実施日に『施行』されている法令である。
・法令の改正があった場合も試験日に施行されている法令に基づいて出題される。
と、示されています。
(参照:法務省『令和3年の司法試験に関するQ&A』Q24~Q26)
(ただし、令和3年度の試験では選択科目の租税法のみ例外的な取り扱いがされているので注意してください)
すなわち、民法改正が自分の受ける司法試験に反映されるかは、各改正の施行日が試験日の前か後かを確認すれば良いというわけです。
(3) 法令の『施行』とは?
自分の試験日に施行されている法令を調べる必要があることは分かりましたが、そもそも『施行』とは何でしょう?
『施行』とは法律の効力を現に発動させることをいいます(『日本大百科全書』より)。
法律を改正してすぐに効力を発生させると混乱が生じるため、まず新しい法令の内容を周知(これを『公布』といいます)した後、しばらく期間をおいてから施行します。
原則、公布の日から起算して20日を経過した日を施行日としますが、別日を施行日とすることも多々あります。
民法改正も改正毎に施行日が定められているので注意が必要です。
(3) 各民法改正の施行日は?
まず、上記に示した改正のうち、2018年の『成年年齢の引下げ』および2021年の『物権法・相続法』改正を除く全ての改正は2021年12月時点において施行日が経過しています。
すなわち、これらの改正について令和4年度以降の司法試験を受ける方はしっかりと対策する必要があります。
また、2018年の『成年年齢の引下げ』の施行日は2022年4月1日であり、令和4年度の司法試験が行われる2022年5月より前に、この改正は施行されます。
すなわち、『成年年齢の引下げ』は令和4年度の司法試験にギリギリ反映されますのでご注意ください。
そして、2021年の『物権法・相続法』改正の施行日は2021年12月現在、未定です。今後いつ施行されるのか、法務省のホームページなどを注意して見ておく必要があります。
3 民法改正に対応した司法試験対策
それでは近年相次ぐ民法改正に、受験生はどう対処したら良いのか見ていきましょう。
(1) 勉強期間が長くなりがちな受験生は要注意!
司法試験は難関試験です。合格のために長い勉強期間が必要でしょう。
しかし、勉強期間が長くなると、当然その間に法律が改正されることもあります。
多くの受験生は同じ問題集を繰り返し繰り返し解くことで実力をつけます。しかし、ずっと同じ問題集を使用していると改正部分に気づかなかったり、抜け落ちてしまうことがあったりします。日頃から改正には気を付ける必要があるでしょう。
また、改正法施行後でも、試験問題によっては改正前の法律に基づいて出題されることがあります。勉強する際には改正前と改正後の両方をしっかり抑えることが重要です。
さらに、過去問を解く際や、合格答案を検討する際は出題当時と適用される法令が異なることもあるので、出題年に注意して取り組む必要があります。
(2) おすすめの勉強法①:予備校の講義の利用
改正民法に対応するおすすめの勉強法の一つが、予備校の講義を利用することです。
予備校の講義を利用することで、改正された箇所を試験対策上どのように対処したら良いかをポイントを絞って学ぶことができます。法務省の発表する資料を受験生が読むよりも理解しやすいことが多いですし時間の節約にもなります。
普段予備校を利用していない方でも、改正民法の講義のみを受けることも可能ですので検討することをおすすめします。
(3) おすすめの勉強法②:手持ちの六法は毎年アップデート
案外忘れがちですが、手持ちのポケット六法を毎年買い換えることも重要です。
ポケット六法の場合、改正箇所は新旧条文が比較されているので改正内容が把握しやすいという利点があります。
毎年買い換えるのは少し割高な感じもしますが、短答式試験は改正条文の知識がダイレクトに問われることもありますので必要投資と言えるでしょう。
また、商法の試験範囲である『会社法』も毎年のように改正がされるので、毎年買い替えても損はないでしょう。
4 サマリー
いかがでしたか?近年民法は大規模な改正が相次いでいます。改正は現行法に対する問題意識からなされます。とすれば、法曹選抜試験である司法試験でもその問題意識を疎かにすることはできません。受験生は民法の改正およびその施行日に敏感になりながら、改正に上手く対処して行くことをおすすめします。
5 まとめ
- 近年民法は大幅に改正されている
- 司法試験は試験日に施行されている法令から出題される
- 2021年改正は施行日が未定なので今後要注意
- 予備校の講義や手持ちの六法を使って対策しよう