法律系の国家資格の取得を目指す人が増えています。「行政書士」も人気の資格の一つですが、法律初学者なら合格までに平均約800~900時間と、膨大な勉強時間を要します。しかし、公務員ならば、試験を受けることなく行政書士登録ができることをご存知でしたか?
この記事では、「お得」感に満ちた公務員の「特認制度」について、詳しくまとめて解説します。
1 公務員が行政書士になる「特認制度」とは?
一般的には行政書士の資格を取得するには、行政書士試験を受験し合格しなくてはなりません。しかし、一定の条件を満たしている場合に限り、試験を受けなくても行政書士として登録できる場合があります。これについては、行政書士法第2条に「特認制度」として条件が定められています。
⑴ 「特認制度」とは?
行政書士法第2条には、公務員経験が一定年数以上ある場合については、行政書士試験を受験しなくても行政書士登録できると定められています。これに該当するのはどのような場合か、以下に紹介します。
”第二条 次の各号のいずれかに該当する者は、行政書士となる資格を有する。
一 行政書士試験に合格した者
二 弁護士となる資格を有する者
三 弁理士となる資格を有する者
四 公認会計士となる資格を有する者
五 税理士となる資格を有する者
六 国又は地方公共団体の公務員として行政事務を担当した期間及び行政執行法人(独立行政法人通則法(平成十一年法律第百三号)第二条第四項に規定する行政執行法人をいう。以下同じ。)又は特定地方独立行政法人(地方独立行政法人法(平成十五年法律第百十八号)第二条第二項に規定する特定地方独立行政法人をいう。以下同じ。)の役員又は職員として行政事務に相当する事務を担当した期間が通算して二十年以上(学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)による高等学校を卒業した者その他同法第九十条に規定する者にあつては十七年以上)になる者”
出典:日本行政書士会連合会
「六」には、公務員勤続年数が一定数ある場合の規定について記されています。これを要約すると、行政書士登録ができる条件とは、公務員として通算17年以上(中学校卒業程度の場合は20年以上)勤務していることになります。
⑵ 行政書士試験と公務員試験は似ている?
両者の出題範囲には、いくつか類似点があります。
具体的にいうと、法令科目の「憲法」「行政法」「民法」、一般知識科目の「政治・経済・社会」「文章理解」などについては、出題範囲がほぼ同じといえます。ただし、難易度は行政書士試験の方が高いです。
⑶ 公務員が行政書士資格を取得するメリットとは?
まず挙げるべきは、経済面でのメリットです。行政書士として独立開業すると、公務員の年収の何倍にも収入が増える可能性があります。公務員の収入は公務員法が定める基準に基づくのに対し、行政書士の収入は頑張り次第で年収一千万円も夢ではありません。また、これは行政書士に限りませんが、独立開業すれば裁量権は自分にあるので、働き方や勤務時間を自由に決めることができます。
また業務に親和性があることから、公務員が行政書士になった場合は、実務未経験の状態から独立する行政書士よりも成功する可能性が高いといえます。
2 行政書士試験、公務員試験の試験範囲は似ている?
行政書士は、行政手続きのプロとして手続きの申請をする側であるのに対し、公務員は申請を受理し手続きを担う側です。それでは、両者の登竜門である行政書士試験、公務員試験はどれくらい似ているのでしょうか。比較のために、公務員試験については「国家一般職試験」を取り上げ、両者の共通項を太字で示していきます。
⑴ 行政書士の試験科目
行政書士試験の試験科目は、次のようになっています。
行政書士の業務に関し必要な法令等 | 出題数46問 | ・憲法 ……6問 ・行政法 ……22問 (行政法の一般的な法理論、 行政手続法、 行政不服審査法、 行政事件訴訟法、 国家賠償法及び地方自治法など) ・民法 ……11問 ・商法 ……5問 ・基礎法学 ……2問 |
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行政書士の業務に関連する一般知識等 | 出題数14問 | ・政治・経済・社会 ……7問 ・情報通信、個人情報保護 ……4問 ・文章理解 ……3問 |
行政書士試験においては「行政法」と「民法」が主軸科目で、重要度が高い科目です。
⑵ 国家一般職試験
専門試験では80題中の40題を選択して解答しますが、このうち20題は、憲法・民法・行政法でカバーできます。1次試験では、専門試験以外に「基礎能力試験(択一式)」と「一般論文試験(記述式)」を受け、2次試験では個別面接を受けるという流れです。
以下は、国家一般職(大卒程度試験)の概要です。政治学、経済学、社会学は、行政書士試験「行政書士の業務に関連する一般知識等」の「政治・経済・社会」にある程度該当すると思われます。
試験日 | 試験種目 | 解答題数・時間 | 内容(〇内数字は出題数) | |
1次試験 | [受付期間] 4月5日~17日 web[試験日] 6月16日(日) |
基礎能力試験 (多肢選択式) |
40題(40題出題)
2時間20分 |
知能分野 27題 文章理解⑪、判断推理⑧、数的推理⑤、資料解釈③知識分野 13題 自然・人文・社会⑬(時事含む) |
専門試験 (多肢選択式) |
40題(80題出題)
3時間 |
16科目(各5題)から8科目を選択して40題解答
政治学、行政学、憲法、行政法、民法(総則及び物権)、民法(債権、親族及び相続)、ミクロ経済学、マクロ経済学、財政学・経済事情、経営学、国際関係、社会学、心理学、教育学、英語(基礎)、英語(一般) |
||
一般論文試験 | 1題1時間 | 文章による表現力、課題に関する理解力などについての短い論文による筆記試験 | ||
2次試験 | 7/17(水)~8/2(金)の間で指定する1日 | 人物試験 | - | 人柄、対人的能力などについての個別面接 (参考として性格検査を実施) |
⑶ 行政書士試験と公務員試験の共通点
行政書士試験と公務員試験の試験科目における共通項について、具体的に比較してみましょう。
憲法
民法 行政法 |
行政書士試験 | 「行政書士の業務に関し必要な法令」で出題される。 記述式では民法と行政法が出題される。 |
公務員試験 国家一般職(省庁) |
法律など「専門試験を必要とする試験種」で出題される。 専門科目試験で80問出題される中から40問選択して解答する。 そのうち、憲法、行政法、民法(総則および物件)、民法(債権、親族および相続)で20問。 行政書士試験範囲が、問題数の50%を占める。 |
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公務員試験 地方公務員 (市役所・県庁) |
「全国型」を例に挙げると、 憲法、民法、行政法は、40問のうち13題程度。 専門科目の得点の40%程度を占める。 |
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政治
経済 |
行政書士試験 | 「行政書士の業務に関連する一般知識等」で「政治・経済・社会」が出題される。 |
公務員試験 | 教養科目で政治経済が出題される。 自治体にもよるが、出題数は教養科目50問中11問程度。 教養科目の得点の約20%。 |
行政書士試験と公務員試験を比較すると、上表の通り試験範囲が被っている箇所が多数あります。一般的には、行政書士試験の方が難易度も高く、法律への深い理解が求められます。しかし、公務員試験の中でも難関である「地方上級公務員試験」以上になると、公務員試験の方が難易度が高くなることもあります。
3 公務員が行政書士登録するうえで押さえておくことは?
行政書士と公務員は資格試験・実務の両方で親和性が高いため、公務員は特認制度を利用すれば、行政書士試験を受けずに行政書士登録ができます。最後に、公務員が行政書士登録をするうえで認識しておいて頂きたいことを列挙します。
⑴ 公務員と行政書士の兼業はNG
ご存知の通り、公務員には兼業禁止規定があるため、公務員は在職中に行政書士登録をすることはできません。そのため、公務員行政書士になって報酬を得るという選択肢はありません。
⑵ 退職後に行政書士になる公務員が多い
「特認制度」を利用する公務員には、公務員の退職者が多いです。その理由は、行政書士試験の免除制度を活用できるのは、早くとも40代以降であるためでしょう。その頃には公務員として責任あるポジションを与えられ、好待遇を受けている方が多いと思われるからです。同じく、公務員の退職金制度が充実していることもその理由のひとつでしょう。
また、行政書士登録にはお金がかかります。東京都行政書士会の場合、登録費用の内訳は以下の通りです。
入会金:225,000円
登録手数料:25,000円
登録免許税:30,000円
合計:約30万円程度
なお、都道府県によって異なりますが、登録後には月会費も発生します。東京都行政書士会の場合は、月6,000円です。これだけの費用が発生するのですから、行政書士登録を退職後におこなう公務員が多いのもうなずけます。
⑶ 行政書士試験は、公務員試験の弱点を補うといえる
公務員試験の特徴は「採用試験」であるということです。したがって、合格しても履歴書に書くことはできません。ここが「資格試験」である行政書士試験との違いです。
もちろん公務員試験に合格した後、公務員に採用されれば、その実績は履歴書に残ります。しかし、残念ながら筆記試験に合格したものの、面接で不合格だった場合はどうでしょうか。せっかく難関の筆記試験に合格しても、資格欄に残すことはできません。
そうであるならば、出題範囲に親和性のある「行政書士試験」に合格しておいて、その資格を資格欄に残しておくという選択肢もアリです。あなたの法律知識と合格までの頑張りを、記録しておけるというメリットがあるからです。
4 サマリー
公務員は、非常に優遇されて行政書士登録をおこなうことができます。しかし、当該特認制度により行政書士資格を得られるようになるまでには、17年あるいは20年という長い月日がかかります。
それでも、自らのキャリアプランの中に行政書士資格取得を取り入れ、前向きに特認制度の活用を検討されることをおすすめします。
5 まとめ
- 行政書士法第2条「特認制度」は一定の条件を満たした公務員の行政書士登録を認めている。
- 公務員として通算17年以上(中卒は20年以上)勤続することが条件である。
- 行政書士試験と公務員試験の出題範囲は、憲法・民法・行政法、政治・経済・社会、文章理解の共通項がある。
- 一般的には行政書士試験の方が難易度が高いが、地方上級公務員以上になるとこちらの難易度が高い。
- 公務員が「特認制度」を利用できるのは40代以降であるため、退職後に活用する者が多い。
- 公務員には兼業禁止規定があるため、在職中に行政書士登録はできない。