相続業務で行政書士はどう活躍できる? 他の士業と比較しながら業務範囲を解説

行政書士

「相続」は、ドラマやニュースなどでも良く題材になる内容で、私たちの人生でいつかは起こることです。行政書士を目指すあなたなら、相続は行政書士が活躍できる重要な業務案件であることはお分かりでしょう。しかし、相続には同時に、他の士業の権利を侵害しないために行政書士がやってはいけない業務も多く存在します。

この記事では、そのような相続における行政書士の業務内容について、わかりやすく解説します。

1 相続とは?

相続をひとことで言うと、「亡くなられた方(以下、被相続人)の権利義務が特定の者(以下、相続人)に承継されること」です。本記事で行政書士が携わることのできる相続業務について紹介する前に、まず「相続」の概要をまとめてみます。

(1)相続で発生する手続き

相続は、被相続人の死亡によって開始します。その後様々な手続が発生しますが、その流れを時系列で表していくと以下のようになります。

1 相続人の確定 相続人が誰であるのかを確認する手続
2 相続財産調査 相続の対象となる遺産(相続財産)が、どのような種類でどのくらいあるのかを確認する調査
3 遺言書の有無の確認 被相続人の生前の意思である遺言書の確認手続
4 遺言書検認手続 公正証書以外の遺言について、遺言内容を実現するために、家庭裁判所における検認を得る手続
5 準確定申告 被相続人の所得税の申告手続
6 遺産分割協議 被相続人の相続財産を、相続人がどのように分けるかを確定する手続
7 相続財産の名義変更手続 各相続人が相続によって取得した相続財産の名義を変更する手続
8 相続税の申告 相続税の申告手続

繰り返しますが、行政書士はこれらのすべての手続がおこなえるわけではありません。行政書士法などで権利を認められたものについて相続業務に携わることができます。

(2)相続人は誰か

相続人の範囲は民法によって定められており、これを「法定相続人」といいます。被相続人が生前に遺言を残している場合は違いますが、法定相続人が原則として相続人となります。

法定相続人には以下のように順位があり、上位の者がいない場合は下位の者が相続人となります(血族相続人)。被相続人の配偶者は「配偶者相続人」といい、血族相続人と並んで常に相続人となります。

【法定相続人の一覧表】

相続順位 相続人 詳細
第1順位の血族相続人 被相続人の子 実子と養子との間、また婚姻中に生まれた子(嫡出子)とそうでない子(非嫡出子)との間に順位の区別はない。
同順位で相続人となる(ただし特別養子は、実方の父母の相続人とはならない)。
第2順位の血族相続人 被相続人の直系尊属
(父母・祖父母等)
被相続人に親等の近い者が優先する。親等の同じ者は同順位で相続人となる。
第3順位の血族相続人 被相続人の
兄弟姉妹
複数の兄弟姉妹がいる場合、同順位で相続人となる。
配偶者相続人 被相続人の配偶者

東京都行政書士会の資料を基に作表

(3)各相続人の相続分はどのくらいか

相続人が複数いる場合、各相続人が被相続人の権利義務を承継する割合のことを「相続分」といいます。

相続分も民法によって定められていますが(以下、法定相続分)、被相続人が遺言によって指定した相続分(以下、指定相続分)がある場合にはそちらが優先します(指定相続分優先の原則)。

指定相続分が優先されるとはいえ、相続人(ただし兄弟姉妹は除く)に最低限留保された相続財産の一定割合(以下、遺留分)は侵害されません。

【法定相続分の一覧表】

相続人 法定相続分 遺留分の割合
配偶者+子 配偶者 2分の1
子 2分の1
被相続人の財産の2分の1
配偶者+直系尊属 配偶者 3分の2
直系尊属 3分の1
被相続人の財産の2分の1
配偶者+兄弟姉妹 配偶者 4分の3
兄弟姉妹 4分の1
被相続人の財産の2分の1
(但し、兄弟姉妹には遺留分はなし)
血族相続人のみ 全部 子のみ 被相続人の財産の2分の1
兄弟姉妹のみ なし
直系尊属のみ 被相続人の財産の3分の1
配偶者相続人のみ 全部 被相続人の財産の2分の1

東京都行政書士会の資料を基に作表

2 行政書士に相続業務を依頼するメリットとは?

相続で発生する手続きのなかで、行政書士が携わることができるものは限られています。税務関係は税理士がおこないますし、裁判所に提出する書類作成は行政書士の業務範囲外になります。

それでも、行政書士に相続業務を依頼するメリットはあるので紹介します。

(1)手続上の“交通整理”が可能

行政書士に相続業務を依頼すると、業務範囲外は連携する士業資格者に依頼することになります。こうして行政書士が手続きの「交通整理」をしながら、相続手続き全体を進めることができます。

いわば相続手続きのナビゲーターです。例えば、相続財産に不動産が含まれている場合や相続税申告が必要な場合には、行政書士が連携する司法書士、不動産鑑定士、税理士に手続きを依頼します。

依頼者自身がゼロからこれらの専門家を探して依頼するのは、大変な労力を要します。時間も大幅にかかってしまうでしょう。

(2)行政書士の業務範囲は「相続関係説明図」「相続財産目録」「遺産分割協議書」

行政書士が担当できる相続手続の書類作成は、入口(相続人の確定)から出口(遺産分割協議手続)までを幅広くカバーしています。そのため行政書士は、相続手続全般を依頼する専門家として適任だといえるでしょう。

行政書士は「書類作成の専門家」と呼ばれています。相続手続で行政書士が担当するのは「相続関係説明図」「相続財産目録」「遺産分割協議書」の作成です。いずれも大抵の場合、相続手続を進める上で不可欠な書類と言っても過言ではありません。

【行政書士の相続における書類作成業務】

相続関係説明図 確定した相続人の範囲を、家計図のように説明した図表。
相続人が誰であるかを一目で確認することが可能となる。
相続財産目録 被相続人の相続財産のリスト。
不動産・預貯金・有価証券・動産といった相続財産を種別ごとリストアップし、
概算評価額とともにまとめたもの。
遺産分割協議を協議する際の参考資料として役立つ。
遺産分割協議書 相続人間による遺産分割協議における合意内容を書面化したもの。
相続人全員が署名し、実印で押印する。
合意内容を対外的に証明する資料となる。

3 相続における行政書士の業務とは?

それではこれまで紹介した相続の各手続きが、行政書士を始めとする専門家によってどのように遂行されるか説明していきます。

(1)遺言に関する業務

遺言書の有無は、相続の行方に大きな影響を及ぼします。遺言にはいくつか種類があります。「自筆証書遺言」は本人が気軽に作成できますが、全てを自書しなければならないなど要件が厳しく無効になってしまうこともあります。

「公正証書遺言」は公証人に作成を依頼するものです。「秘密証書遺言」は、亡くなるまで内容を秘密に出来る遺言書です。

下表は、行政書士がこれらの遺言書についておこなえる手続きや支援をまとめたものです。

1 遺言作成支援業務 「自筆証書遺言」「公正証書遺言」どちらも作成できる。

自筆証書遺言作成は、後々トラブルが生じることがあるが、行政書士が所定の方式の具備をチェックし、遺言者が安心して遺言を作成できるようにバックアップできる。

公正証書遺言作成は、遺言者の遺言作成を全面的にサポートできる(遺言内容の起案、公証人との連絡・打合せ、必要な戸籍等書類の収集、証人の手配など)。

2 遺言執行業務 遺言執行者とは、遺言の執行に必要な一切の行為をすることができる者のこと。未成年者・破産者以外なら遺言執行者に指定可能。

相続人を遺言執行者に指定することも可能だが、万が一トラブルが生じて執行が滞る場合もあるので、信頼できる第三者、できれば法的専門家に依頼するのが良い。

遺言作成に関わった行政書士も遺言執行者の候補者となりうる。

3 遺言書の有無の

確認業務

公正証書遺言は公証役場に保管され、所定の手続を踏めば照会が可能。行政書士は、相続人から委任を受ければ、公証役場で照会を代理することができる。

一方、自筆証書遺言の保管場所については決まりがないので、遺言者の生前の言動から保管場所を推し量るしかない。良くあるのは自宅や貸金庫、親しい知人や専門家に託されているケース。

なお、令和2年7月10日から自筆証書遺言書を法務局で保管することができる「遺言書保管制度」が開始された。

4 遺言書の検認手続支援 ①「相続人の確定作業」を検認の申立てに先立っておこなった方が良い。
・相続人目録を作成
・被相続人の出生~死亡までの戸籍謄本及び相続人全員の現在の戸籍謄本を提出
・「相続関係説明図」のような形で相続関係を整理しておく②遺言書の検認(検認申立書作成以外)。
・公正証書以外の遺言は、家庭裁判所における検認手続を経ないと、事実上遺言内容を実現できない。
(遺言書に「検認」証明書がないと、金融機関は遺言に基づく預貯金の払戻しに応じられない)
(遺言に基づく不動産の相続登記申請も受理されない)
※家事審判(検認)申立書は、裁判所に提出するため、行政書士は業務上作成できない。

(2)相続手続き

遺言書がない場合は、法定相続人同士で法定相続分に応じるか、話し合うかして、遺産分けをおこないます。相続手続きにはたくさんの調査と書類作成が必要になりますが、そのなかでの行政書士の役割を紹介します。

1 相続財産の調査

確定業務

相続人の範囲を確定した後、相続財産として何がどれくらいあるか調査する。相続財産とは、死亡日現在に被相続人が有していた財産すべてのことで、プラスの財産(積極財産)とマイナスの財産(消極財産)が含まれる。

行政書士は相続人から委任を受けた場合は、相続財産の調査・確定業務をおこなうことができる。

①不動産に関する調査
・被相続人名義の不動産の所在(地番)の特定
・不動産の登記事項証明書(登記簿謄本)の取得
・直近の権利関係の確認
・公図・地積測量図・固定資産評価証明書等の取得
・相続税評価額の概算

②預貯金・株式に関する調査
被相続人名義の預貯金・証券口座を特定し、金融機関等に対して残高証明書の請求をおこなって死亡日現在での残高を確認。

③出資金・負債等に関する調査
出資証書、借用書(金銭消費貸借契約書)などから相手を特定し、条件の詳細を確認。
調査の結果判明した財産の種別ごとに評価額を計算し、「相続財産目録」を作成する。

2 遺産分割協議書

作成業務

「遺産分割協議」:
遺産の分割については、必ず法定相続分によらなければならないわけではなく、相続人全員の合意があればそれ以外の割合で分けることも可能。「遺産分割協議書」:
遺産の分割に関する相続人間の合意内容を書面に残したもの。各種相続財産の名義変更手続や相続税申告の際に添付が求められる。遺産分割の種類には、①現物分割、②代償分割、③代物分割、④換価分割、⑤共有分割がある。行政書士は、相続人間においてスムーズな合意ができるよう、書類作成前段階からサポート可能。
最終的に「遺産分割協議書」を作成。行政書士の担当範囲外の業務は以下の通り。
・法的紛議が発生不可避な案件:弁護士と司法書士
・税務:税理士
・登記申請業務:司法書士
3 相続財産名義変更支援 被相続人から相続人への相続財産の名義変更の種類
・不動産の相続登記手続
・預貯金の解約払戻・名義変更手続
・株式の名義変更手続
・自動車の相続に伴う移転登録手続に共通して必要となる書類
①被相続人の出生~死亡までの連続した戸籍謄本
②相続人全員の現在の戸籍謄本
③遺産分割協議書
④相続人全員の印鑑登録証明書
(①~③については遺産分割協議書作成の過程で揃うが、
これらに加えて以下のような書類の作成・提出が必要)Ⅰ 預貯金・株式
「相続手続依頼書」「相続手続請求書」「相続届」等、名称や様式は会社によって異なる)。
行政書士はこれら相続関係書類の記入に関しては、各相続人が自書・押印が原則のため、
支援をのみおこない、手続がスムーズに進行するようバックアップ。Ⅱ 不動産
所轄法務局に、不動産登記申請書を提出。
行政書士は、法務局への提出書類である登記申請書の作成をおこなうことはできない。収集した戸籍謄本、作成した相続関係説明図・遺産分割協議書を司法書士に引き継ぐなど支援のみ。Ⅲ 自動車
使用の本拠の所在地を管轄する運輸支局(または自動車検査登録事務所)に移転登録申請書を提出。
行政書士は相続人から委任を受けていれば、移転登録申請書の作成・提出をおこなうことができる。
4 相続税申告支援 相続税の課税方式とは:
相続人が相続で取得した相続財産の総額の合計額(課税価格の合計額)から基礎控除額を控除した残額(課税遺産総額)に対して課税される(将来の税制改正で変更される可能性あり)。相続税申告書の作成:
原則的には、相続で財産を取得した者が共同で作成し、被相続人の死亡当時の住所の所轄税務署に提出する。税理士に作成・提出を代理してもらうことも可能。相続税申告書の提出期限:
「相続の開始があったことを知った日(通常は、被相続人の死亡日)の翌日から10か月目の日」
行政書士は、税務書類の作成はおこなうことはできない。
収集した戸籍謄本や作成した相続財産目録・遺産分割協議書等を税理士に引き継ぐなど支援のみ。

4 違法行為にならないために気を付けるべきこと

ご存知の通り、行政書士がおこなうことができる業務は行政書士法において規定されています。しかし担当した相続業務の延長線上で、行政書士の職務外の業務を無意識におこなってしまう事例もあります。

(1)相続放棄申述書等は作成できない

弁護士法は、非弁護士の法律事務の取扱い等を禁止しています。「相続放棄」は、申述書を裁判所に提出しなければならない業務です。行政書士は、このような裁判所に提出する書類の作成はおこなうことができません。

(2)紛争性がある業務はおこなえない

行政書士は裁判所に提出する書類の作成はできないため、案件に少しでも紛争性があると感じたら、依頼者に連携弁護士を紹介するようにしましょう。

東京地方裁判所は、平成27年7月30日に下した判決で、行政書士による遺産分割業務を違法としました。

このショッキングな判決は、相続人(原告)と他の相続人の間で、遺産分割について合意が難しく、弁護士を選任すべきと話しあっていたにも関わらず、行政書士(被告)が遺産分割協議書を作成したことに非があるとし、弁護士法第72条違反としました。被告行政書士は損害賠償を支払っています。

(3)相続税に関する相談に深く応じない

相続業務では、相続税に関する相談をされるのは不可避的でしょう。しかし、これもまた税理士法に抵触しますので、相続税に深く関わらないように注意が必要です。

(4)相続登記は司法書士に

不動産名義変更といった相続登記も、相続案件にはつきものです。相続登記は、司法書士法で定められた司法書士の業務ですので、連携する司法書士を紹介するなどして、権利を侵害しないようにしましょう。

5 司法書士との比較

行政書士と同じ法律系の国家資格である「司法書士」は、登記の専門家と呼ばれています。司法書士と行政書士は、時として担当可能な業務が重複します。以下では、相続手続業務における、それぞれの権利についてまとめていきます。

業務内容 司法書士 行政書士 特記
戸籍謄本
除籍謄本
改正原戸籍
住民票のとりよせ
司法書士:職務上請求書を提出の上、法務局に提出する書類の作成、遺産整理業務に付随する業務をおこなえる。

行政書士:職務上請求書を提出の上、遺産分割協議書等の代書権限に付随する業務をおこなえる。

遺産分割協議書 司法書士:不動産の名義変更に付随する業務をおこなえる。

行政書士:遺産分割協議書作成代行業務(戸籍取り寄せなど)として業務をおこなえる。
不動産の名義変更はできない。

不動産名義変更 不動産名義変更(相続登記)は司法書士法がつかさどる。

司法書士:不動産名義変更(登記)の専門家として、代理人としてすべて手続ができる。

行政書士:登記書類は作成してはいけない。

相続放棄 司法書士:相続放棄は民法938条で「相続の放棄は家庭裁判所に申述しなければならない」と規定しているため、弁護士、司法書士以外はこれをおこなうことができない。

行政書士:裁判所でおこなわれることは行政書士の業務外なので職務範囲外。

株式・預貯金解約名義変更 相続税申告、遺産分割方法、金融機関へのプライバシー保護、戸籍収集が必要な業務である。

司法書士:司法書士法施行規則31条により、遺産整理代理業務は、弁護士と司法書士は委任状で代理できる。

行政書士:代書業務として署名捺印は出来ないため、職務範囲外。

遺言の検認申立 司法書士:家庭裁判所での遺言の検認(遺言の存在を保全する手続)申立のため可能。

行政書士:手書きの遺言書は、相続後に家庭裁判所にて検認手続きを取る必要があるため、職務範囲外となる。

山林の相続 司法書士:不動産の名義変更は可能だが、役所への山林の届出を代行できない。

行政書士:業務をおこなえる。

自動車による車の名義変更 難易度が高い手続きではないので専門家に依頼せず自分でやる人もいる。

司法書士:自動車の手続はおこなえない。

行政書士:遺産分割協議書作成の専門家なので業務をおこなえる。

6 サマリー

相続業務に関しては、他の士業の持つ権利を侵害しないように注意しなければなりません。

十分注意を払うべきですが、一方で他の士業と連携を広ければ、顧客獲得のチャンスも大いに広がります。相続業務はその代表的な業務だと言えるでしょう。

7 まとめ

  • 相続とは「被相続人の権利義務が相続人に承継されること」である
  • 民法によって相続人と各相続人の相続分は定められているが、遺言や相続人の合意があればそれらが優先したり承認される
  • 行政書士の主な業務範囲は「相続関係説明図」「相続財産目録」「遺産分割協議書」作成である
  • 相続放棄、法廷に持ち込まれそうな案件、相続税申告、不動産名義変更などは他の士業の権利侵害となるからおこなわないこと
  • 司法書士と業務の重複があるが、司法書士は登記の専門家であり、裁判所にも書類提出できる
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