行政書士になるための勉強を始める多くの人は、まず「憲法」から勉強するでしょう。憲法はスラスラ入ってくるのに、民法に移ったらチンプンカンプン。そんな経験はありませんか?
民法は、行政書士試験において重要な科目です。高配点でありながら、多くの学生が頭を悩ませる科目でもあります。そのような難関科目・民法にはどのように取り組んでいけばよいのでしょうか。
1 行政書士試験の民法とは?
繰り返しますが、行政書士試験の勉強は憲法から始め、次に民法を学ぶ方は多いでしょう。民法は、行政法とともに行政書士試験合格の胆となる科目ですが、多くの受験生を悩ます科目でもあります。民法の配点は300点満点中76点を占めており、非常に重要な科目です。
しかし行政書士試験における民法は、法律自体が非常に難解なため、ただ勉強していては大きく得点することが難しい科目なのです。
(1)民法の出題数と配点
民法の出題数 | 5肢択一 | 9問 | 36点 |
記述式 | 2問 | 40点 | |
配点合計 | 76点 |
民法は大別すると「財産法」「家族法」に分かれます。それらがまた「民法総則」「物権法」「債権法」「親族法」「相続法」の5つに分かれているのです。
上図の通り民法は合計11問出題され、5肢択一式が9問、記述式が2問という構成です。配点は5肢択一式で計36点、記述式が1問20点で計40点です。
行政書士試験における民法の配点は、満点300点中76点を占めます。記述問題は3問出題されますが、そのうち2問が民法からなのです。
(2)民法とは「私人(しじん)間の権利義務を調整するための法律」
憲法から勉強を始めると、余計に難しく感じる民法。その理由は、法律や行政、司法の規律である憲法と比べると、民法は非常に細かいからだと思われます。
民法をひとことで言うと「私人間の権利義務を調整するための法律」、言い換えれば私的な生活全般について定めたルールです。これを念頭に置いて、自分に置き換えて勉強すれば、理解しやすくなるでしょう。
また、民法は「法律全体の基本になる法律」であることが、学び進めるにつれ理解できるでしょう。
(3)「一般法」と「特別法」
法律には「一般法」と「特別法」の2つがありますが、これも初学者には理解しにくい概念でしょう。特別法とは、以下のような法律でのことです。
一般法に対する法学上の概念。一般に広く適用される効力をもつ一般法に対し,その効力範囲が人,場所,事項その他の関係で制限されているものをいう。
出典:コトバンク
一般法は「原則」を定める法律なのに対し、特別法はその「例外」的な法律ともいえます。
一般法 | 特別法 |
民法 | 商法(商人の取引に適用される特別法) |
・労働基準法
・労働契約法 (事業者と労働者の雇用契約・労働契約に適用される特別法) |
|
借地借家法(土地・建物の賃貸借契約に適用される特別法) | |
独占禁止法(主に企業間取引に適用される特別法) | |
独占禁止法 | 下請法
(企業間取引で、資本金に差がある事業者による一部の取引に適用される特別法) |
契約書の達人を基に作表
ただし一般法と特別法の区別は相対的です。例えば、商法は民法に対しては特別法ですが、手形法などに対しては一般法になるからです。
(4)国語力・理解力も求められる
最近の傾向では、問題文や肢が3~4行の長文であることが多くなりました。国語力が乏しいと、登場人物やその関係性を取り違えてしまうかもしれません。問題文を図に書き表しながら解答することで対策できます。
2 おすすめの民法学習法は?
民法の学習を進めていくと、憲法よりも条文が細かいことに気付くでしょう。高配点であるうえに難解な民法は、どのように学習すれば良いのでしょうか。
(1)条文を理解する
民法の条文は細かいですが、しっかりと理解しましょう。「条文の理解」とは、その条文が調整している「権利義務」がわかるということです。条文そのものの意味も分からなければなりません。
民法は覚える項目の多い科目なので、ある程度進んでから理解できなかった項目を集めて、もう一度取り掛かりましょう。内容が難解なのでいちいちつまづく度に立ち止まっていたら、進捗に遅れが出てしまいます。民法の学習のコツは「ある程度勉強が進んでから不明点を振り返ること」です。不明点は付箋やマーカーでチェックしながら、まずはどんどん勉強を進めていきましょう。
(2)条文を当てはめてみる
条文のあてはめとは「思考力を強化すること」です。初学者向けテキストには各項目のはじめに「これは何を守るための条文か」が記載してあることが多いです。ここを良く理解しましょう。そして高得点を取るためには、登場人物が誰を差しているのかを読み解けるようにならないといけません。
条文の当てはめは、民法では「穴埋め問題」ではなく、正解の選択肢を選ぶ形式で出題されることが多いです。
なぜ、条文の当てはめに思考力の強化が必要なのでしょうか。その理由は、思考力の強化によって、条文を各選択肢に当てはめながら正解の肢を選ぶことができるようになるからです。
この訓練に最適なのは、過去問です。過去問で反復することで、この事例にはこの条文、あの事例にはあの条文を当てようという思考力を強化することができるからです。
近年は問題が長文化しているため、問題文で展開される人間関係が理解できるか否かも合否を分けるポイントになりました。このような事例問題は、「読解力」で人間関係など問われているものを理解し、「思考力」でどの条文を活用して答えを導くかを考えると得点できます。この2段階のプロセスができれば大丈夫です。
(3)学ぶ順番
民法は「民法総則」「物権法」「債権法」「親族法」「相続法」に分かれていますが、多くの人は順番通り、「民法総則」から勉強するでしょう。
しかし、5肢択一式で、比較的多く出題される傾向のある「債権各論(債権法)」から、着手していくという手もあります。債権各論とは、契約総則、契約各則および事務管理・不当利得・不法行為債権法が含まれる項目です。また「親族法」「相続法」は出題が少ないので、最後に勉強しても問題ないでしょう。
記述式では「債権総論」からの出題が圧倒的に多いので、ここを重点的に学習しましょう。「債権総論」とは債権総則のことで、民法総則との混同を避ける目的でこのように呼ばれています。
3 おすすめの民法テキストは?
民法には難解な概念が多く登場し、事例問題などはで条文の理解度が問われます。そんな民法対策には、民法単体の秀逸なテキストを活用することをおすすめします。
(1)国家試験受験のためのよくわかる民法
出典:Amazon
本書は「よくわかる」の名の通り、民法が苦手な人や民法初学者のためにわかりやすく解説してくれる1冊です。その他にも以下のようなおすすめの理由があります。
・行政書士試験はじめの国家試験の受験に最適
・具体的設例で民法理論を徹底的にわかりやすく解説
・初学者や「民法で行き詰まっている」方も実力を付けることができる
・2色刷り
・行政書士試験に出題された過去問・練習問題を収録
・用語索引付き
・2017(平成29)年債権法改正
・2018(平成30)年相続法改正
・2019(令和元)年特別養子縁組の改正に対応
(2)公務員試験 新スーパー過去問ゼミ5 民法1一総則・物権・担保物権
出典:Amazon
本書は公務員試験用の過去問テキストシリーズで、民法に関しては、2冊セットになっています。公務員試験用でありながら、もはや行政書士試験の対策テキストとして定番です。「スー過去」と呼ばれ、多くの学習者の支持を集めるこの2冊。しっかりやれば、行政書士試験の民法は十分合格レベルに達します。
収録されている過去問は国税専門官などの国家公務員試験のもので、行政書士試験の過去問は載っていませんが、それでも特に問題がなく、行政書士試験合格のための鉄板シリーズとして多くの受験生に活用されています。
・さまざまな記事を掲載し学習効率アップ
・勉強法や学習効果を確認できる「掲載問題リスト」
・民法改正(2020年4月施行の債権法改正、2019年施行の相続法改正)に対応
・ⅠとⅡ両方に掲載される参考書部分のまとめ「POINT」が記述問題対策に有効
・各種公務員試験などの過去問解説が実に詳しく、この2冊だけで民法の勉強が完結できる
参考書部分のまとめである「POINT」については、是非読み込みましょう。この「POINT」が、記述問題の対策に役立ったというレビューもあったほどです。各テーマごとに3ページほど割かれて、かなり簡潔にまとめられています。この箇所はよく読み込み、丸暗記を目指して欲しいほどです。
(3)公務員試験 新スーパー過去問ゼミ5 民法2一債権総論・各論・家族法
出典:Amazon
公務員試験用の過去問テキスト「スーパー過去問ゼミ」民法の2冊目です。Ⅱに収録されている「債権総論」「債権各論」はともに重要項目ですので、是非シリーズで使いましょう。
繰り返しますが行政書士試験の民法対策は、基本的にこのシリーズで完結できます。多くの受験生を悩ます「記述問題」の対策においても同様に役立つ、というレビューもあります。民法は択一式と記述式の両方で出題されますが、択一式の勉強がそのまま記述式にも活かせると考えて良いでしょう。
「スー過去」民法Ⅰでも触れましたが、参考書部分のまとめである「POINT」を読み込むことで、記述試験対策になるというレビューがあります。それによると、民法の記述問題が、2年連続で「POINT」から出題されたとのこと。記述対策として有効なので、丸暗記して本番にのぞむと良いでしょう。
(4)民法がわかった
出典:Amazon
本書も非常にわかりやすい民法のテキストとしておすすめです。「”民法がわかった”は、感動するほど実にすらすらと読める」というレビューがあるほどです。難解な民法を平易な記述で説明してくれるため、法律初学者でも読みやすい1冊です。こと難解な民法でも、本書でならそれほど苦労せず読み進められるでしょう。
ただ、注意して頂きたいのは、民法のすべてが網羅されていない点です。勉強しながら「あれ?載っていない内容があるぞ」ということはあり得るテキストではあります。
ただ、民法の条文数は1000を超えるボリュームであることを考えると、収録されない部分が生じるのも仕方のないことと言えるかもしれません。
また、本書は、行政書士試験の民法の出題範囲における「必要最低限の知識」をカバーしたテキストであるとも言えます。
そういう意味でも、初学者や民法が大の苦手の方におすすめしたい1冊です。
4 記述対策
記述式では、学生時代に履修した現代文のような問題が出題されます。解答には文字制限があるので、40字程度に収めなければなりません。記述問題は合計3問出題されますが、その中の2問が民法からの出題です。配点は2問で40点と高配点です。
記述で点を取るコツは、答えが分からなくてもとにかく何か書くことです。その場合キーワードは忘れずに入れましょう。記述問題の部分点が取れる可能性が高いからです。
(1)実際の民法の記述問題は?
それでは、実際の民法からの記述問題にはどんな問題が出るのでしょうか。以下は、平成30年度の行政書士試験で出題された民法の記述問題です。
平成30年度 行政書士試験問題
問題46 甲自動車(以下「甲」という。)を所有するAは、別の新車を取得したため、友人であるBに対して甲を贈与する旨を口頭で約し、Bも喜んでこれに同意した。しかしながら、Aは、しばらくして後悔するようになり、Bとの間で締結した甲に関する贈与契約をなかったことにしたいと考えるに至った。甲の引渡しを求めているBに対し、Aは、民法の規定に従い、どのような理由で、どのような法的主張をすべきか。40 字程度で記述しなさい。なお、この贈与契約においては無効および取消しの原因は存在しないものとする。 |
【解答例】
書面によらない贈与であるため、履行が終了していないことを理由として契約を撤回できる。(42文字)
出典:行政書士試験研究センター
解答のポイントは、以下の3点になります。
①書面によらない贈与であること
②履行が終了していないこと
③契約を撤回できること
このような問題が3つ出題されますので、コツを押さえた対策が必要です。
(2)民法の記述問題を解くコツは?
記述問題では部分点がもらえるとはいえ、可能なら高得点を取りたいものです。民法の記述式の解答にはコツがあります。以下に紹介するコツをマスターして、記述式を得点源にしましょう。
①人物等の関係性を図解
問題文に出てくる関係性を読み誤ると、正解が導き出せません。関係性を理解するコツは、一旦登場人物などの相関を図解することです。考えを整理してから解答を出し、文章化することがコツなのです。
近年は問題文が長文化しているため、ますます図解する必要性は高まります。登場人物の関係性や前提条件を、図解することでしっかりすくい取りましょう。英語で習った5W1Hのような、「誰が、誰に、いつ、何を、どのように」を良くとらえるのがコツです。
②40字にまとめるテクニックとは?
記述問題では、40文字に足りなくて困る人は勉強が足りない人で、40文字では少ない人はよく勉強している人だと言われます。大変興味深い分析です。
基本的に、文章問題は次のような最低限の文章フォームで言い表せれば十分です。
「〇〇は、( )という法律に基づき、( )すべきである。」
その他にも「聞かれていることだけに答える」という視点を持つことも重要です。
もし解答が40字を超過してしまったら、上記のフォームを思い出しましょう。そして「聞かれていること以外にも答えていないか?」をチェックするようにしましょう。
③過去問をやっておく
過去問の記述もしっかりとやっておきましょう。このような難問に何の備えもなく挑むのはもっての外です。過去問には出題傾向を知るという意味もあります。実際に出題された問題、解答例を数年分チェックしておきましょう。
5 2020年民法改正とは?
最後に、「2020年民法改正」について触れておきます。2020年4月から施行された改正民法は、具体的には「債権法(契約等の基本事項に関する法律)」が大きく変わりました。債権法の改正は1896年の法制定以来のことです。
法務省が作成した民法改正についての漫画で全体像を学ぶのも良いでしょう。桃太郎の鬼退治をモチーフにしてとても分かりやすく描かれていますので、一読の価値ありです。
(1)消滅時効に関する改正
犯罪における時効のように、民事上の権利にも消滅時効があります。消滅時効の制度を知らないと取り返しのつかない結果を招くかも知れないため、注意が必要です。また「承認」など民法に定められた事情がある場合、時効期間を数え直す場合があることも覚えておきましょう。
改正民法では時効制度が大きく見直され、その一つに「時効の起算点と時効期間の見直し」があります。
改正前 | 改正後 | |
①客観的に権利を行使することができる時から10年間で債権は消滅する | ➡ | ①の原則のほか、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間で債権は消滅する |
②債権者の職業ごとに時効期間の多数の例外が定められていた | ➡ | ②の例外は全て廃止された |
一番大切なのは、権利を不用意に放置しないことです。返済期をあやふやにしたり、お金の話をするのは気まずいと考えて解決を先延ばしにすることはやめましょう。
(2)法定利率の改正
改正後は「定めのない貸金の利率」「遅延損害金に適用される法定利率」が5%から3%に変更されます。現在の金利情勢を鑑みた改正ですが、今後も金利の状況によって自動的に法定利率は変動します。
(3)保証人の保護に関する改正
今回は、保証人をより厚く保護するための改正がなされました。保証契約において個人が保証人となる場合、極度額(契約上の最大限度額)の定めのない根保証(複数債務の保証)契約は、無効になります。改正後に個人が事業用融資の保証人となる場合にも、公証人による保証意思確認手続きが必要です。
これらの改正は保証人を保護する観点からのものです。
(4)約款を用いた取引に関する改正
現代では電気・ガスの契約や、預金や保険の契約、交通機関に乗るための契約など様々な場面で「約款」が用いられていますが、これまでの民法には約款についてのルールがありませんでした。
改正民法ではこのような契約条項を「定型約款」と呼び、ルールを定めました。新しい民法では,定型約款の基本的なルールが定められ、利用者の利益を一方的に害する不当な条項は効力が否定されることになりました。
6 サマリー
いかがでしたか? 民法は、私人(しじん)間の権利義務を調節するための様々なルールであるため、1000を超える細かい条文から成り立っています。民法は法律の基本をなす位置に立ち、行政書士が今後ずっと携わっていく法律でもあります。
しかし行政書士試験のための民法学習では、コツが分かり得点できるようになれば良いのです。この記事がその一助となれば幸いです。
7 まとめ
- 行政書士試験において民法は、満点300点中76点の配点を占める重要科目である
- 記述でも2問40点出題される
- 民法とは「私人間の権利義務を調整するための法律」つまり私的な生活全般について定めたルールである
- 条文理解、当てはめ、債権法を優先して学ぶのがコツである
- 公務員試験テキスト「スーパー過去問ゼミ」民法ⅠⅡは、行政書士試験にも大いに役立つ
- 記述は、「〇〇は()という法律に基づき()すべきである。」とまとめると良い
- 2020民法改正は、法制定以来の債権法の改正となる(事項、保証人保護など)