行政書士試験に出題される憲法では、その原則の1つに「基本的人権の尊重」というものがあります。
これは国民一人一人の権利を憲法が保障する、ということなのですが、あくまでそれは「国家権力」に対しての「国民」の権利です。 つまり、国や地方自治体が住民の権利を侵害するのを防ぐ、公権力と個人の関係を示したのが憲法なのです。
では、個人同士、「国民」と「国民」が衝突したときはどうするのでしょうか。
1. 私人間と公法・私法
今まで説明した中に出てきた「国民」や「個人」のことを、「私人」ともいいます。
この私人間で人権侵害が起きた場合に憲法を適用することで人権救済ができるのか、という問題を「私人間効力」というのですが、そもそも前述の通り、憲法の人権規定は国家と国民の関係を規律しているに過ぎないのです。
ですから本来、私人間の問題は憲法が解決するものではなく、民法や商法といった私法によってどうにかすべきだという「私的自治」の考えに基づき、国は関与しないのがベストだとされています。
しかし、完全に憲法から切り離されているというわけでもありません。
たとえば、一労働者と大企業のどちらも「国民」ですから、とある企業が男女で定年の基準を変えたことに対して労働者が抗議した場合でも、それは私人間の問題として扱われます。
しかしこれは男女差別にあたりますから、憲法14条「法の下の平等」に違反しているということも可能なのです。
もしもこの問題が裁判に持ち込まれた場合、一番簡単なのは「これは憲法14条違反である」と直接適用してしまうことです。
ですが、それでは私的自治の理念に反することになりますから、裁判所は大抵、憲法の間接適用をすることになります。
民法では、1条第2項「信義誠実の原則」で信義に反する内容の契約が無効とされていたり、90条「公序良俗」で公序良俗に反する契約の無効が定められているため、男女差別の内容を含む労働契約は憲法14条の理念から、公序良俗に反するので無効、ということが可能です。
こうすれば憲法を直接私人に適用したわけではなく、民法上で処理したことになるのです。
これは1981年3月24日に判決の下された日産自動事件、日産自動車の定年が男性55歳、女性50歳であるのは男女差別であるという考えから起こされた訴えの判決の内容そのものです。
尚、この事件のしばらく後の1999年、男女雇用機会均等法に追加された第6条で、男女別定年制の禁止を定めたため、男女別定年制に関する憲法解釈論の問題は大きくならなくなりました。
憲法のうち、私人に直接適用されるのは15条第4項「投票の無答責」、18条「奴隷的拘束の禁止」、27条第3項「児童酷使の禁止」、28条「労働基本権」です。
基本的に、私人間では間接適用説が用いられるのですが、これらは直接適用説になります。
2. 憲法を間接適用した判例
1973年12月12日に最高裁が判決を下した三菱樹脂事件は、学生運動への参加を理由に採用を拒否されたとして起きた訴えです。
最高裁はこれについて、公序良俗違反などの規定の趣旨を読み込むことが不可能ではないとしたうえで、それら人権規定が私人相互間で直接適用されることは原則ない、と間接効力説を用いました。
そして、企業がどんな人を雇うのかは企業の自由であるという原則に基づき、特定の思想信条を持った人を雇い入れることを拒むのも当然に違法ではない、とされました。
政治活動を理由に退学処分を下された学生が、政治活動を制限する学校の決まりそのものが違憲であると訴えを起こした昭和女子大事件は、1974年7月19日に最高裁が判決を下しました。
これも三菱樹脂事件と同様、憲法の規定は私人相互間の関係に直接適用されないとした上で、退学処分は懲戒の裁量権の範囲内だという判決がなされました。